パリの青い空
先日、フランスに行ってきました。1週間ほど滞在しましたが、パリのホテルに泊まって、パリ市内や近郊を見て回りました。
私はヨーロッパは初めてなので、壮麗な石造建築が普通の生活空間に立ち並ぶという街をパリで初めて経験しました。いたるところに歴史の本に出てくる場所があり、ルーブルやオルセーへいけば教科書の中にあった絵や彫刻が触ろうと思えば触れるようなところに当たり前に置いてあり、市民にとってはまさに生活の場なのだと実感しました。
一方、近郊の田舎に出かければ森の中にお菓子の家のような家が点在し、まるでおとぎの国のようでした。ミレーの描いた麦畑はそのまま残り、モネの「睡蓮」の庭も絵の通りの美しさでした。(逆かな?)

ともかく歴史がつくりあげた芸術的な街と人文的自然の美しさを楽しんだ日々でした。
パリと言えば真理さんが大好きな街ですね。
真理さんのパリ旅行は全盛期に3回ありますし、新婚旅行もパリだったのですね。
1回目は1973年の3月頃、2回目は74年の1月頃、3回目は75年の2月頃でした。
1、2回目は仕事、3回目はプライベートな旅行でした。
その時の写真をあらためて見てみると、今回私が訪れたところの写真もいくつかあります。
クリックすれば大きな画像で見られます

これは服装からして1回目の時でしょうか。セーヌ河畔、ノートルダム寺院のあるシテ島の対岸ですね。セーヌ川にガラス窓の船が見えますが、セーヌ川クルーズの船ですね。私も乗船しましたが船の形はあまり変わっていませんね。これは昼間ですが、私はディナークルーズだったのでセーヌの両岸を見ながらゆっくり食事も楽しみました。

7時半出発なので当然夜景が見られると思ったら、この時期パリは10時近く(サマータイムなので1時間早くなっています)まで昼間と変わらない明るさなので夜景は見られませんでした。9時半からの運航もあるのでそちらにすればよかったですが、それでも今回の旅行の中でも特に楽しいものでした。これからパリに行かれる方にはお薦めです。昼間なら安くて開放的な船もあります。

これは2回目の時で凱旋門ですね。当然私も行きました。左折禁止の標識はロータリーのところでしょうか。屋上にも上れるのですが入場券を求める人が行列していてかなり時間がかかりました。(パリの観光名所はどこも長い行列です。)やっと入場券を買って階段を昇り始めると、これがせまくて長くて、たいがいの人は途中で一息入れていました。それでもやっと屋上に出るとまさに360度の展望でパリ市街が一望できます。

次はこれ。

路上の店ですね。パリでは新聞や雑誌もこういう路上のスタンドで売っていますが、こういう絵や古本を売っているスタンド(と言うより屋台的ですが)もあちこちで見かけました。カフェも屋内より路上に面した席が好まれるようですし、パリでは道路はただ通過する場所ではなく、開放された公共の場なのですね。私もそんな開かれた雰囲気がパリらしくて好きです。
これはうれしい一枚。

これは有名なカフェ「ドゥ マゴ」ですね。私のホテルはここから歩いて10分ほどでしたのでよくこの前を通りました。この店の前にはたしかデカルトの墓があるというサンジェルマン・デ・プレ教会がありその横がメトロの駅入り口になっていて、私がパリのメトロに初めて乗ったのはこの駅からでした。
ここは交差点に面していて、この頃にはなかったのでしょうがTAXIの標識のあるあたりに現在は「サルトルとボーヴォアールの出会いの地」という説明板が設置されていました。サルトルはこのカフェの常連でこの店でボーヴォアールと出会ったのですね。そのほか、ヴェルレーヌやランボー、ピカソなどもよく来ていたそうです。
もちろん私もこの店で何度かコーヒーを飲みました。今はいつも溢れるほど客がいますが、真理さんが訪れた頃はそれほどではなかったのでしょうか。それでも昼間はややすいていて、ゆっくりとおいしいエスプレッソコーヒーを飲んだ時間はパリの良い思い出です。
最後にパリで印象的だったこと・・・パリの空を紹介しておきます。

これはオルセー美術館前で撮ったものですが、この日の空はとりわけ美しくて特にその青さが「和色大辞典」で言えばまさに「空色」でした。(写真はやや濃く写っています)
明るく透き通って実に美しい色でしたが、じっと見ているとその透明感が儚さやさびしさを感じさせてくるような色でした。
それは「空いっぱいの幸せ」の空であり、同時に「ひこうき雲」の空でもあるような色でした。
真理さんもこの青空を見上げていたのでしょうね。
NHKFMミュージックプラザ 6月18日(月)は「雨の昭和歌謡」特集、25日(月)は「上半期リクエスト特集」です
アーカイブ(過去記事)へ 「空いっぱいの幸せ」INDEXへ
コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。
私はヨーロッパは初めてなので、壮麗な石造建築が普通の生活空間に立ち並ぶという街をパリで初めて経験しました。いたるところに歴史の本に出てくる場所があり、ルーブルやオルセーへいけば教科書の中にあった絵や彫刻が触ろうと思えば触れるようなところに当たり前に置いてあり、市民にとってはまさに生活の場なのだと実感しました。
一方、近郊の田舎に出かければ森の中にお菓子の家のような家が点在し、まるでおとぎの国のようでした。ミレーの描いた麦畑はそのまま残り、モネの「睡蓮」の庭も絵の通りの美しさでした。(逆かな?)

ともかく歴史がつくりあげた芸術的な街と人文的自然の美しさを楽しんだ日々でした。
パリと言えば真理さんが大好きな街ですね。
真理さんのパリ旅行は全盛期に3回ありますし、新婚旅行もパリだったのですね。
1回目は1973年の3月頃、2回目は74年の1月頃、3回目は75年の2月頃でした。
1、2回目は仕事、3回目はプライベートな旅行でした。
その時の写真をあらためて見てみると、今回私が訪れたところの写真もいくつかあります。
クリックすれば大きな画像で見られます

これは服装からして1回目の時でしょうか。セーヌ河畔、ノートルダム寺院のあるシテ島の対岸ですね。セーヌ川にガラス窓の船が見えますが、セーヌ川クルーズの船ですね。私も乗船しましたが船の形はあまり変わっていませんね。これは昼間ですが、私はディナークルーズだったのでセーヌの両岸を見ながらゆっくり食事も楽しみました。

7時半出発なので当然夜景が見られると思ったら、この時期パリは10時近く(サマータイムなので1時間早くなっています)まで昼間と変わらない明るさなので夜景は見られませんでした。9時半からの運航もあるのでそちらにすればよかったですが、それでも今回の旅行の中でも特に楽しいものでした。これからパリに行かれる方にはお薦めです。昼間なら安くて開放的な船もあります。

これは2回目の時で凱旋門ですね。当然私も行きました。左折禁止の標識はロータリーのところでしょうか。屋上にも上れるのですが入場券を求める人が行列していてかなり時間がかかりました。(パリの観光名所はどこも長い行列です。)やっと入場券を買って階段を昇り始めると、これがせまくて長くて、たいがいの人は途中で一息入れていました。それでもやっと屋上に出るとまさに360度の展望でパリ市街が一望できます。

次はこれ。

路上の店ですね。パリでは新聞や雑誌もこういう路上のスタンドで売っていますが、こういう絵や古本を売っているスタンド(と言うより屋台的ですが)もあちこちで見かけました。カフェも屋内より路上に面した席が好まれるようですし、パリでは道路はただ通過する場所ではなく、開放された公共の場なのですね。私もそんな開かれた雰囲気がパリらしくて好きです。
これはうれしい一枚。

これは有名なカフェ「ドゥ マゴ」ですね。私のホテルはここから歩いて10分ほどでしたのでよくこの前を通りました。この店の前にはたしかデカルトの墓があるというサンジェルマン・デ・プレ教会がありその横がメトロの駅入り口になっていて、私がパリのメトロに初めて乗ったのはこの駅からでした。
ここは交差点に面していて、この頃にはなかったのでしょうがTAXIの標識のあるあたりに現在は「サルトルとボーヴォアールの出会いの地」という説明板が設置されていました。サルトルはこのカフェの常連でこの店でボーヴォアールと出会ったのですね。そのほか、ヴェルレーヌやランボー、ピカソなどもよく来ていたそうです。
もちろん私もこの店で何度かコーヒーを飲みました。今はいつも溢れるほど客がいますが、真理さんが訪れた頃はそれほどではなかったのでしょうか。それでも昼間はややすいていて、ゆっくりとおいしいエスプレッソコーヒーを飲んだ時間はパリの良い思い出です。
最後にパリで印象的だったこと・・・パリの空を紹介しておきます。

これはオルセー美術館前で撮ったものですが、この日の空はとりわけ美しくて特にその青さが「和色大辞典」で言えばまさに「空色」でした。(写真はやや濃く写っています)
明るく透き通って実に美しい色でしたが、じっと見ているとその透明感が儚さやさびしさを感じさせてくるような色でした。
それは「空いっぱいの幸せ」の空であり、同時に「ひこうき雲」の空でもあるような色でした。
真理さんもこの青空を見上げていたのでしょうね。
NHKFMミュージックプラザ 6月18日(月)は「雨の昭和歌謡」特集、25日(月)は「上半期リクエスト特集」です
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