いつものパターン
「週刊アサヒ芸能」(11/3)に「消えた歌姫の伝説」というシリーズの4回目として天地真理さんが取りあげられています。
この雑誌の傾向からしても期待はしていませんでしたが、いつものパターン以上のものではありません。特に悪意ある記事というほどではありませんが、自分でしっかり取材したというものではありません。多少の新しい証言があることにはありますが、内容的には大したことではありません。
だから、わざわざ紹介することもないのですが、前回記事のコメントでの話題と重なるところもありますので、ちょっとだけ触れておきます。実際の紙面を読んでない方には分かりにくいかもしれませんが、想像してください。
まず最初に事実関係について。どうでもいいことばかりですが、はじめてこのような記事を読んだ人は誤った情報を信じてしまうかもしれませんから、一応触れておきます。
まず、リード部分で「今より『国民的アイドル』という言葉に価値があった時代」というくだりがありますが、『国民的アイドル』という言葉はたぶん後藤久美子の「国民的美少女」から派生した言葉で1980年代に使われ始めたはず。真理さんの頃はこういう言い方はなかったのです。筆者は1974年に中学生になったと書いてあるからこのくらいの記憶はあるはずですが。この筆者はこういう時間的、歴史的な関係がごっちゃになってしまう傾向があるようです。
次に、最初に10月1日のデビュー40周年祝賀会のことが報じられています。(ただし筆者がこの会に参加していたわけではなさそうです。)40年前のデビューと同じ場所であることを紹介した後、次にように書かれています。「ただし、多くのメディアを動かした71年と決定的に違う点がひとつある。」と主催者からの「マスコミお断り」の言葉が掲げられています。しかし、(確実な情報があるわけではありませんが)私の理解では、71年のデビュー時も「多くのメディアを動かした」というほどではなかったのではないでしょうか。もしそうならメイツという小さな会場で行うよりもっと大きな舞台が用意されたはずです。私の観測では渡辺プロは真理さんに最初はあまり期待していたようには見えません。思いがけず「水色の恋」がヒットチャートを駆け上がり始めて、ようやく11月5日の誕生日に大きな会をもったのだと思います。(なお、なぜ「マスコミお断り」になったのか、この筆者はマスコミ関係者の一員として考えてみようと言う気はないようです。)
もうひとつ。彼女のスキャンダル報道を3つあげ、「2歳の年齢詐称は事実だった」と書いていますが、2歳ではなく1歳です。そういうことは当時珍しいことでもなかったし、それ自体はほんとうにどうでもいいことですが、こんな簡単なことさえ間違えているのは、この記事を書くにあたって情報を確認することさえせず自分の記憶に頼ったからでしょう。取材の安易さがうかがわれます。また、他の2つについては「人気をねたんでのデッチ上げだった可能性が高い」と書いています。「デッチ上げ」と書いたことは今までの報道に比べればずっと評価できます。しかしそれならば、「可能性が高い」などと言わず、「デッチあげだった」と言いきればいいのです。なぜまだ可能性を残すような書き方をするのでしょうか。きちんと調査したうえで証明できなければ、せめて「それを証明する事実はつかめなかった」くらいの言い方ができたはずです。
こういう、事実をきちんと追及しないという姿勢は全編を通じて見られます。たとえば「周期的に奇行が目撃された」という小見出しがありますが、本文であげられているのは「75年頃」(76年?)のことと最近5年以内のことだけです。「周期的」と書きながら、その間30年間のことについては事実は何もあげていません。おそらく調べてもないのでしょう。これまでもそう書かれていたから「周期的」だったのだろうとこの筆者自身が思い込んでいるのではないでしょうか。
また、「ポルノにまで出演する必要があったのかどうか―」と書いていますが、そう思ったらきちんと取材してその疑問を解けばいいのにそういうことは酒井氏への取材以外一切してないようです。もちろん映画そのものも見ていないでしょう。
(実はこの筆者は吉田拓郎の評伝も書いているのですが、あるブログに吉田拓郎本人の文章が掲載されていて、そこには、吉田拓郎もその関係者も全く取材を受けていないにもかかわらず事実でないことを書かれたと抗議しているのです。もっともそのブログも吉田拓郎本人のブログではないので、この文章も本当に本人のものなのか確かめられないのですが。)
酒井政利氏や山上路夫氏には取材したようですが、その発言についても検証は何もしていません。たとえば山上氏は「歌声も、ブース越しに聴いていると世間の評価よりも説得力は十分でした」と言っているのに(氏のこのような発言を私は初めて見ました。この記事で唯一注目すべき発言です)この筆者は実際に彼女のうたを聴いて「説得力は十分」かどうか確かめようとした気配もありません。プレミアムボックスを聴いて確かめようとしたなら、この文章は全く違ったものになった可能性があると思います。
酒井氏はほぼ「夕刊フジ」で書いていることと同じです。「彼女はアイドルというカプセルの中にいるから、誰かに言われるままにしか動けない。どんな仕事でも、男に頼まれると引き受けてしまうんです。」と言っています。酒井氏自身どんな根拠に基づいて言っているのかわかりませんが、それをこの筆者は確かめようともせずそのまま引用しています。たしかに酒井氏の言葉そのままだといえばそうでしょうが、自分の文章に引用するなら検証は必要なはずです。このままでは、酒井氏の言うことだから事実なのだろうと思いこんでしまう読者も多いでしょう。そのことに筆者は責任をもたなければいけないという自覚はないようです。
ちなみに私はこの酒井氏の言葉について全く別の見解をもちます。たしかに真理さんはどんな仕事でも引き受けてしまうようなところがあったと思います。しかしそれは「アイドルというカプセルの中にいるから」ではなく、真理さんの人間的やさしさからきていると思っています。「頼まれたら断れない」のは人間として欠点でしょうか?私はそういう人が幸せに生きられる世の中であってほしいと思うのです。
「ちょっとだけ」のはずがだいぶ長くなってしまいました。ともかく、真理さんについての記事はいつもこういう同じパターンの繰り返しです。よく読めば事実さえあやふやなのに、疑問も抱かず追及もしないのです。少しはましな記事を次には期待したいと思います。
アーカイブ(過去記事)へ 「空いっぱいの幸せ」INDEXへ
コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。
この雑誌の傾向からしても期待はしていませんでしたが、いつものパターン以上のものではありません。特に悪意ある記事というほどではありませんが、自分でしっかり取材したというものではありません。多少の新しい証言があることにはありますが、内容的には大したことではありません。
だから、わざわざ紹介することもないのですが、前回記事のコメントでの話題と重なるところもありますので、ちょっとだけ触れておきます。実際の紙面を読んでない方には分かりにくいかもしれませんが、想像してください。
まず最初に事実関係について。どうでもいいことばかりですが、はじめてこのような記事を読んだ人は誤った情報を信じてしまうかもしれませんから、一応触れておきます。
まず、リード部分で「今より『国民的アイドル』という言葉に価値があった時代」というくだりがありますが、『国民的アイドル』という言葉はたぶん後藤久美子の「国民的美少女」から派生した言葉で1980年代に使われ始めたはず。真理さんの頃はこういう言い方はなかったのです。筆者は1974年に中学生になったと書いてあるからこのくらいの記憶はあるはずですが。この筆者はこういう時間的、歴史的な関係がごっちゃになってしまう傾向があるようです。
次に、最初に10月1日のデビュー40周年祝賀会のことが報じられています。(ただし筆者がこの会に参加していたわけではなさそうです。)40年前のデビューと同じ場所であることを紹介した後、次にように書かれています。「ただし、多くのメディアを動かした71年と決定的に違う点がひとつある。」と主催者からの「マスコミお断り」の言葉が掲げられています。しかし、(確実な情報があるわけではありませんが)私の理解では、71年のデビュー時も「多くのメディアを動かした」というほどではなかったのではないでしょうか。もしそうならメイツという小さな会場で行うよりもっと大きな舞台が用意されたはずです。私の観測では渡辺プロは真理さんに最初はあまり期待していたようには見えません。思いがけず「水色の恋」がヒットチャートを駆け上がり始めて、ようやく11月5日の誕生日に大きな会をもったのだと思います。(なお、なぜ「マスコミお断り」になったのか、この筆者はマスコミ関係者の一員として考えてみようと言う気はないようです。)
もうひとつ。彼女のスキャンダル報道を3つあげ、「2歳の年齢詐称は事実だった」と書いていますが、2歳ではなく1歳です。そういうことは当時珍しいことでもなかったし、それ自体はほんとうにどうでもいいことですが、こんな簡単なことさえ間違えているのは、この記事を書くにあたって情報を確認することさえせず自分の記憶に頼ったからでしょう。取材の安易さがうかがわれます。また、他の2つについては「人気をねたんでのデッチ上げだった可能性が高い」と書いています。「デッチ上げ」と書いたことは今までの報道に比べればずっと評価できます。しかしそれならば、「可能性が高い」などと言わず、「デッチあげだった」と言いきればいいのです。なぜまだ可能性を残すような書き方をするのでしょうか。きちんと調査したうえで証明できなければ、せめて「それを証明する事実はつかめなかった」くらいの言い方ができたはずです。
こういう、事実をきちんと追及しないという姿勢は全編を通じて見られます。たとえば「周期的に奇行が目撃された」という小見出しがありますが、本文であげられているのは「75年頃」(76年?)のことと最近5年以内のことだけです。「周期的」と書きながら、その間30年間のことについては事実は何もあげていません。おそらく調べてもないのでしょう。これまでもそう書かれていたから「周期的」だったのだろうとこの筆者自身が思い込んでいるのではないでしょうか。
また、「ポルノにまで出演する必要があったのかどうか―」と書いていますが、そう思ったらきちんと取材してその疑問を解けばいいのにそういうことは酒井氏への取材以外一切してないようです。もちろん映画そのものも見ていないでしょう。
(実はこの筆者は吉田拓郎の評伝も書いているのですが、あるブログに吉田拓郎本人の文章が掲載されていて、そこには、吉田拓郎もその関係者も全く取材を受けていないにもかかわらず事実でないことを書かれたと抗議しているのです。もっともそのブログも吉田拓郎本人のブログではないので、この文章も本当に本人のものなのか確かめられないのですが。)
酒井政利氏や山上路夫氏には取材したようですが、その発言についても検証は何もしていません。たとえば山上氏は「歌声も、ブース越しに聴いていると世間の評価よりも説得力は十分でした」と言っているのに(氏のこのような発言を私は初めて見ました。この記事で唯一注目すべき発言です)この筆者は実際に彼女のうたを聴いて「説得力は十分」かどうか確かめようとした気配もありません。プレミアムボックスを聴いて確かめようとしたなら、この文章は全く違ったものになった可能性があると思います。
酒井氏はほぼ「夕刊フジ」で書いていることと同じです。「彼女はアイドルというカプセルの中にいるから、誰かに言われるままにしか動けない。どんな仕事でも、男に頼まれると引き受けてしまうんです。」と言っています。酒井氏自身どんな根拠に基づいて言っているのかわかりませんが、それをこの筆者は確かめようともせずそのまま引用しています。たしかに酒井氏の言葉そのままだといえばそうでしょうが、自分の文章に引用するなら検証は必要なはずです。このままでは、酒井氏の言うことだから事実なのだろうと思いこんでしまう読者も多いでしょう。そのことに筆者は責任をもたなければいけないという自覚はないようです。
ちなみに私はこの酒井氏の言葉について全く別の見解をもちます。たしかに真理さんはどんな仕事でも引き受けてしまうようなところがあったと思います。しかしそれは「アイドルというカプセルの中にいるから」ではなく、真理さんの人間的やさしさからきていると思っています。「頼まれたら断れない」のは人間として欠点でしょうか?私はそういう人が幸せに生きられる世の中であってほしいと思うのです。
「ちょっとだけ」のはずがだいぶ長くなってしまいました。ともかく、真理さんについての記事はいつもこういう同じパターンの繰り返しです。よく読めば事実さえあやふやなのに、疑問も抱かず追及もしないのです。少しはましな記事を次には期待したいと思います。
アーカイブ(過去記事)へ 「空いっぱいの幸せ」INDEXへ
コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。