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それは全て聴き手にゆだねるべき

私の地元紙に秋川雅史さんのインタビュー記事が載っていました。その中に興味深い話がありましたので紹介したいと思います。
秋川さんは国立音大卒の声楽家ですが、2006年に「千の風になって」が大ヒットし紅白にも出場、クラシック歌手としてははじめてミリオンセラーを記録しました。したがって、クラシックになじみのない方でもご存知の方が多いと思います。
このインタビュー記事の中で私が興味をひかれたのは、次の部分です。

 歌い手としての信条は、曲や歌詞の内容に感情移入しないこと。クラシックの世界は作曲家至上主義の側面があり、詞の内容よりメロディーや響きを重要視する。亡くなった人が残された人に語り掛ける歌「千の風になって」が大きなヒットとなりましたが、歌い始めた頃は、詞の内容については思い巡らせていませんでした。
 その後、コンサートでこの歌を披露すると、聴衆の皆さんが涙を流す場面に出くわすようになった。そこで初めて音楽における詞の意味の大きさを学びました。だからといって、歌詞に重きを置いて表現しようとしているわけではありません。歌い手としては、詞の解釈を一つに特定してはいけない。それは全て聴き手にゆだねるべきです。
 美空ひばりさんや中島みゆきさん、北島三郎さんなど、さまざまな歌手の楽曲のカバ-にも挑戦してきました。歌う時には楽譜で曲を覚えることを心掛けます。クラシックと同じ手法で練習し、原曲を聴き過ぎない。クラシックの魅力やかっこよさを、歌謡曲の中でどう生かせるか。そうやって心掛けていることがカバーするうえでの挑戦です。

秋川さんの言っていることを具体的に知るために秋川さんと布施明さん、五木ひろしさんが共演している動画を見たいのですが、埋め込みができません。Youtubeで聴いてみてください。

3人3様ですが、布施さんは秋川さんの声量に対抗しようとしたのかずいぶん力んでいますね。布施さんらしくない粗い表現になってしまったのが残念です。五木さんはまさに「感情移入」の典型ですね。いわば”泣き節”です。「演歌」という通り芝居がかっていて、聴き手に特定の感情を指定してしまう歌い方です。こうして比較して聴くと秋川さんの「聴き手にゆだねるべき」ということの意味がよくわかりますね。

さて、私がここでこの記事を取り上げたのは、秋川さんが語っている表現方法が天地真理さんの表現方法ととても近いと思ったからです。真理さんも子供のころからピアノを学び、国立音大付属中高でクラシックの教育を受けました。真理さんはその後、独自にフォークの歌い方を工夫したり、ヤマハのヴォーカルスクールでジャズ歌手マーサ三宅さんの指導を受けたりして表現の幅を広げていきましたからクラシックの表現法そのものではありませんが、基本には秋川さんが言う「クラシックと同じ手法」があったと私は思います。「楽譜で曲を覚える」とか「原曲を聴き過ぎない」というのはまさに真理さんのカバーに臨む方法ですし、それがオリジナルにとらわれない真理さんのカバーの自由さを生んでいると思います。
また歌詞の扱いについても共通のものがあるように思います。私は真理さんのうたも音楽優先だと思っています。もちろん真理さんは歌詞も大事にしています。言葉の一つ一つの表情を誰よりも大事にしていると言ってもいいと思います。ただその表情の付け方が「ストーリー」にしたがってではなく、何よりも音楽それ自体の必然性、つまり音楽の自然な流れに沿って個々の言葉の表情が生まれていると私には思えます。もし真理さんが歌う「千の風になって」の録音があったならそれを確かめることができるのですが、そのかわりに「聴き比べ」シリーズの中から「あなた」を紹介しておきたいと思います。何となく真理さんの「千の風になって」も想像できるような気がします。


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