『氷の福音』③

すでに述べたように、この書が扱っているテーマはあまりに多く、今の時点でそれらすべてについて触れることはできませんが、ここでは2点ほど触れておきたいと思います。

まず一つは天地真理さんのお父さん斎藤新太郎氏のことです。
新太郎氏については週刊誌に少し記事が出たくらいで、どのような人かあまり知られていませんでした。離婚の原因が女性関係でしたから、どうしても「幼い真理さんを捨てた人」といったイメージで見られてきたように思います。
しかしshiolaboさんはその少ない情報の中の一言に注目して、新太郎氏の軍歴を明らかにしていきます。それによれば、1938年に応召し、最初関東軍に配置されてノモンハンにも従軍、1941年からはビルマ、タイと転戦し、1944年内地に戻り、所沢飛行場で飛行機の整備を担当、原爆投下直後の広島上空を軍医を乗せて飛行したこともあったという。shiolaboさんはそのことから、新太郎氏の戦後の生き方にこの戦争体験が大きな影響を与えていた、と推測するのです。単車を乗り回し、毎晩浴びるように酒を飲み、ケンカもする、そういう何か鬱屈したエネルギーを抱えたような新太郎氏の生き方には、死と隣り合わせの戦場や日本軍の占領地の中で体験し見聞きした人間性を失わせていくような悲惨で残酷な出来事が影を落としていたのではないか、離婚の原因も実はそこにあったのではないかと考えるのです。
この書にもベトナム帰還兵のことが出ていますが、私も実際にベトナム帰還兵の話を直接聴く機会がありました。その人は帰還後、周りの社会にとけ込めず、家族にも受け入れられず自殺未遂もして廃人のようになってしまったのです。幸いボランティア団体の支援を受けて立ち直ることができたのですが、実際の戦場を体験した人はそうした深い傷を抱えているものなのですね。多くの戦友を目の前で失い助けることもできずに「自分だけが生き残ってしまった」という悔恨、殺さなければ殺される状況の中で何人もの人を殺してきたという罪悪感、しかもそういうことを自分の胸に封じ込めて、たとえ家族でも話すことができないという苦悩もあります。
新太郎氏もそのような苦悩を抱え込み、だから浴びるほどの酒で気を紛らすようになり、それでも得られない救いを他の女性に求めてしまったのではないか、とshiolaboさんは推測するのです。
このあたり、わずか一言のヒントからここまでグングン掘り下げていくshiolaboさんの筆致は本当に見事です。
ただ私は、そういう可能性は十分あると思いましたが、それを実際に証明することができるのだろうか、想像が広がりすぎていないかという疑問もありました。
ところがshiolaboさんが探し出し取材した、斎藤家と親しかった人の一言がその疑問をひっくり返してしまいました。それは
 「斉藤さんは恩給を断ったんですよ。一切もらわなかったんです。
  そんなものは受け取れないと・・・」

ということばです。
「そんなものは」と言って恩給を受け取らなかった元兵士がいた、ということが私には衝撃でした。国家によって徴兵され、国家のために生死をかけ戦った、そういう人が恩給をもらうのは当然の権利です。それに実際上、生活は大いに助かるのです。しかし新太郎氏はそれを拒んだのです。なぜか、それはshiolaboさんが解明されている通り「血塗られた金などくそ喰らえ」ということだと思います。戦争での地獄のような体験、それを金銭などと交換はできない、と言うことでしょう。
ほとんどの日本人は戦後、自分自身の戦争責任を不問に付してきました。責任はすべて軍部、軍国主義にある。自分たちは犠牲者で「騙されてきた」のだと。
もちろん本質的な責任が権力者にあることは当然です。しかし、戦勝に酔ってちょうちん行列をしたり、戦争反対の人を「非国民」と呼んでさまざまな嫌がらせをしたり、庶民もまた戦争遂行に自ら協力してきたのも事実です。「騙された」としても「騙された」責任はあったのです。しかしほとんどの日本人はそうした自分に向き合おうとせず、元兵士たちも戦場や占領地での自分の行動、体験を不問にして恩給を当然のこととして受け取ってきたのです。
ところがそれを潔しとせず恩給を拒否した元兵士がここにいたのです。自分自身の戦争体験と向き合い「そんなものは受け取れない」と退けた無名の元兵士がいたのです。日本の庶民の戦争責任の取り方として、これは稀有な事例ではないでしょうか。
「想像しすぎじゃないか」という声もあるかもしれません。しかしそれ以外に、恩給という実利を敢えて拒む理由を私は考えられないのです。
「みんなもらっているんだから、もらっておけばいいじゃないか。そうすれば真理ちゃんの養育費だって出せたのに」と言う声が聴こえてきそうな気もします。しかし、斎藤新太郎氏はそういう器用な生き方はできなかったのではないでしょうか。真理さんもとても不器用な生き方をしてきた人ですが、それはもしかしたら父親譲りであったのかもしれません。

斎藤新太郎氏の人物像が初めてその心の中まで生き生きと描き出されたこの部分は、この書の新発見の中でも白眉であると私は思います。shiolaboさんの調査力、洞察力にあらためて敬意を表したいと思います。(つづく)



※リクエスト情報
FMしばたhttp://www.agatt769.co.jp/index.htmlから。
  
NHKFM「ミュージックプラザ」(月曜)7月8日は「坂の昭和歌謡」、22日は「真夏の昭和歌謡」、29日は「旅の昭和歌謡」、8月5日は「瞳の昭和歌謡」です。他の日や特集に関係のないリクエストも可能です。

FM軽井沢「天地真理ミュージックコレクション」へは天地真理オフィシャルウェブサイトの「FM放送」へ。


アーカイブ(過去記事)へ   「空いっぱいの幸せ」へ

コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。

コメントの投稿

非公開コメント

誠にありがとうございます。

ひこうき雲様 このたびも的確に把握していただきまして、誠にありがとうございます。
 『氷の福音』にはさまざまなテーマを重層複合的に盛り込んでいますが、ご指摘の箇所はとりわけ苦心を要した部分です。真理さんにはこの記述だけはぜひとも読んでいただきたいと思っています。
 刊行後、売れ行きが当初予想したほどの出足ではないので現在四苦八苦しておりますが、貴殿のご高評によって好転に向うであろうことを切に期待しております。

Re: 誠にありがとうございます。

shiolaboさん
当初、私はこの件について大きな誤解をしておりましたが、この記事がそれについての私なりのお答えになっているかと思います。
「いつか何もかも話せる時が来るでしょう」…その時を待たずに新太郎氏は逝ってしまわれたけれど、shiolaboさんによって、その心が明らかにされたのだと思います。
この部分、私もぜひ真理さんに読んでほしいと思います。
プロフィール

ひこうき雲

Author:ひこうき雲
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード