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テレビ・ラジオで変化が・・・

前回記事へのコメントで、2月10日TBSテレビ「歌のゴールデンヒット」で天地真理さんの歌う「あなた」が紹介されたと教えていただきました。この番組は「100万枚以上売れた曲全部聴かせます」という4時間のスペシャル番組で、私も新聞のテレビ欄で見ましたが、100万枚以上という基準では真理さんの出番はないと思っていました。ところが何とカバーで紹介されたというのです。「あなた」には50くらいのカバーがあるということですが、その中から3人が選ばれ、その最初に紹介されたのが真理さんだったということです。真理さんのカバーがいかに優れたものかということはファンの皆さんはよく知っておられることですが、一般の人だけでなくマスコミ関係者にもあまり知られていないと思います。しかし最近、ラジオなどでは真理さんの歌うカバー曲が時々聴かれるようになりました。マスコミ関係者の中でも少しずつ真理さんのうたへの評価が変わってきているということではないでしょうか。そういう流れの中でテレビでも紹介されたということではないでしょうか。実際にはほんのわずかな時間だったようですが、意義は大きいと思います。
私も年相応に気力が以前のようではなくなって、ラジオの番組を探してリクエストを出すということができなくなっています。そこで私自身はテレビもラジオもあまり見たり聴いたりしていないのですが、ちっちゃい私さんが関西方面などのラジオ局でかかった曲を丹念に調べてくださっていて(下の表)、それを見ると真理さんの曲も割と頻繁にかかっているのがわかります。その内、1/5の「明日への出発」は真理さんのオリジナル曲、2/20の「恋は水色」はカバーです。特に「明日への出発」は(「明日」という言葉のついた曲という特集だったようですが)よくかけてもらえたと思います。少しずつ変化は表れています。

1/ 5 KBS京都ラジオ「日曜ワイド われら夢の途中」 明日への出発
1/10 STV札幌放送「リクエストプラザ」  虹をわたって
    FM山陰「おがっちのレトロ本舗」   虹をわたって
1/11 RCC中国放送「ふくふくサタデーあの頃音楽館」恋する夏の日
1/13 RCC中国放送「おひるーな」  木枯らしの鋪道
1/14 ABCラジオ「With You」   水色の恋
1/17 STV札幌放送「MUSIC・J」    恋する夏の日
1/19 OBS大分放送「アナログに恋してる」   ひとりじゃないの
    KBS京都ラジオ「われら夢の途中」  ひとりじゃないの
1/23 RBCラジオ「小山康昭の今も青春!」   若葉のささやき
1/30 RBC琉球放送     虹をわたって
2/ 2 ラジオ日本「タブレット純 音楽の黄金時代」  水色の恋
    KBS京都ラジオ「日曜ワイド われら夢の途中」  ちいさな恋
2/ 3 MBC南日本放送   若葉のささやき
2/ 6 ABCラジオ「原田年晴・高岡美樹のHit&Hit」 ふたりの日曜日
2/ 7 ABCラジオ「With You」  ひとりじゃないの
2/17 ラジオ関西「三上公也の朝は恋人」  若葉のささやき
2/20 NHK第一「ひるのいこい」  恋は水色
    ラジオ大阪「”新しいおとなの朝に”ハッピー・プラス」
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「音楽の力」

2月2日の朝日新聞に坂本龍一さんのインタビュー記事が載っていました。
坂本龍一「音楽の力」は恥ずべき言葉
私はとても共感したのですが皆さんはどうでしょうか?「音楽の力ってすばらしいじゃないか、どうして恥ずべき言葉なんだろう?」と疑問に思われた方もあるでしょう。坂本さんと多少ずれるところもありますが、私の考えはこうです。
音楽は芸術の中でも感情に直接的に働きかけることができる芸術です。ですから、やろうと思えば人々の感情をコントロールすることができるのです。映画の中での音楽の使われ方を見ればよくわかる思います。そういう意味では音楽には<力>があります。坂本さんがナチスの例を挙げているのは、その<力>を手段として使うことが「恥ずべき」ことと言っておられるのだと思います。ナチスだけでなく、日本もかつて戦意高揚のために音楽を利用しましたし、戦争のような非常時に限りません。たとえばCMの音楽だって、直接的に商品名などを売り込むようなものはもちろん、一見商品と関係ないようなただ美しい音楽でも、その美しさが無意識に商品とか企業への好印象を刷り込んでいく手段となっています。そういう使われかたはいくらでもありますしすべてを否定するわけではありませんが、音楽には<力>があるからこそ、その使われかたには十分な注意が必要なのです。
しかし私が最も共感するのは「音楽の感動というのは、基本的に個人個人の誤解」「感動するかしないかは、勝手なこと」、そして音楽は「好きだからやっているだけ」というところです。つまり音楽はつくる側も受ける側もあくまで個人的行為だということです。作曲家、あるいは演奏家は自己表現として音楽を生み出すのだし、聴く人がそれにどういう印象を持つかはその人次第ということです。だから坂本さんは「音楽家が癒してやろうなんて考えたら、こんな恥ずかしいことはない」と言うのです。私も「感動させてやろう、泣かせてやろう」というような歌い方には辟易します。感動の押し売りはまっぴらです。実は私が天地真理さんのうたをこんなに長く聴き続けて飽きることがないのは、真理さんのうたがそういうこととは全く無縁だからです。『私は天地真理』コンサートの終わり近く、真理さんが「とにかく今日、私はこの歌を歌いたかったんです」と言って『告悔』を歌い始めます。あくまでも「私」が「歌いたかった」と言っていて、みなさんに「聴かせたかった」とは言っていません。真理さんのうたはその音楽それ自体から自分が感じたことを表現していて、聴き手にどんな効果を及ぼそうかという計算は皆無なのです。私が真理さんのうたに対し「芝居じみたところがない」とたびたび言及しているのはまさにこのことなのです。このことを別の言葉で触れた以前の記事もご覧ください。




※Youtubeの「夕焼横丁の人々」の動画に映画「3丁目の夕陽」と関係があるかという質問があるのですが、1976年9月の中野サンプラザ「そよ風に誘われて」コンサートのパンフレットをお持ちの方で「夕焼横丁の人々」の脚本、あるいはコンサートの構成、演出が誰になっているかお分かりでしたら教えてください。あるいは映画「3丁目の夕陽」との関連について情報をお持ちの方がおられましたら教えてください。よろしくお願いします。

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