哀惜歌う真理ちゃん

9月23日付朝日新聞土曜版beの「もういちど流行歌」は<1974年10月>でした。特集は中村雅俊さんの「ふれあい」でしたが、以前投票を呼び掛けた「読者のベスト15」では天地真理さんの「想い出のセレナーデ」が11位でした。1974年10月の実際の順位である4位には届きませんでした。
もういちど想い出読者のベスト15
もういちど想い出当時のベスト10

しかし、特集以外の曲についての記事では郷ひろみさんの「よろしく哀愁」とともに天地真理さんの「想い出のセレナーデ」が取り上げられました。
もういちど想い出記事編集
最初の引用は私のものですが、原文は次のようなものでした。

愛する人を失った哀しみを切々と歌う曲ですが、天地真理さんの歌は大げさに悲しみを表現するのではなく、節度を保ちながら繊細な表情の変化でにじみ出るように哀しみが高まり熱い想いへと昇華されていきます。
まさに天地真理さんらしい歌唱ですが当時この曲は天地真理さんの「イメージチェンジ」などと言われました。しかしデビュー曲「水色の恋」もそうした曲でしたし、アルバムではオリジナルでもカバーでもそうした曲を見事に歌っていました。ライブではそれをさらに上回る見事な歌唱をきかせていたのです。
逆に言えば、”天地真理らしい”明るく弾む歌も実は同様にしっとりとした情感を伴っていたのです。そういう天地真理さんの歌の本質が当時の聴衆も専門家と称する人々もほとんどわかっていなかったために、この歌は「イメージチェンジ」などと錯覚されてしまったのです。

若干省略、修正されていますが意味はほぼ変わっていません。次の千葉の女性(ネットで知っている方でしょうか?)のコメントも真理さんのうたの本質をよく表していますね。真摯な取り上げ方で、短いながらもよい記事でした。

ただ11位という順位はやはり残念です。前にも書きましたが、このアンケートは一般の人には知られにくいし期間も極めて短いので、参加者数も少なく、「読者のベスト20」といってもどれだけ妥当性があるかわかりません。ごく狭い範囲の偏ったものかもしれません。しかし逆に言えば、少ない得票でも上位に入ることが可能だということです。しかもその結果が紙面に載ると「この曲が1位なんだ」と(まるで世論調査のように)信頼性があるものと思い込む人は多いのです。しかも全国紙ですから非常に多くの人にアピールできます。ですからできるだけたくさんのファンの方に参加してもらおうと「さくら貝掲示板」にも投稿して投票を呼びかけましたし、このブログはもちろん、クミさんもブログやツィッタ―で呼びかけてくれました。私の知らないところでほかにも呼びかけてくれた方があったかもしれません。にもかかわらず117票というのはちょっとがっかりです。ファンクラブの会員数は300名くらいと言うことですから、それだけでももっと上位になるはずです。
ただ今回は記事として取り上げてくれたので(順位だけでは見過ごされてしまったかもしれないけれど)かなりアピール出来たと思います。担当の記者さんに感謝です。もちろん投票した皆さんがメッセージに込めた熱い想いが、得票数以上に記者さんの胸に響いたのだろうと思っています。
先日投票があった「ひとりじゃないの」はどうだったのでしょうね?ファンクラブ事務局からも呼びかけがありましたから今回より多くなるとは思いますが。もし担当の記者さんが今回と同じなら内容も期待できそうですね。

<放送情報>
クミさんのブログで教えてもらいました。
BS-TBS 火曜19:00~の「日本名曲アルバム」
9月26日は「決定版!70年代歌謡ポップス名曲集」ということで、「若葉のささやき」が放送されるようです。楽しみですね。


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没入し体験されるべき芸術

「もういちど流行歌」の話題が入ったのでだいぶ間が空いてしまいましたが、8月25日の朝日新聞に面白い文章がありました。(磯崎憲一郎「文芸時評」)
 音楽の授業でモーツァルトの交響曲を聴いて、「作曲者の意図を述べなさい」という課題が出されることはないし、美術の授業でセザンヌの作品を見て、「画家の伝えたかったことを述べなさい」という課題が出されることもない。ところが国語の小説の場合は、「傍線部の作者の意図を三十字以内で述べなさい」という問題が当然のように出される。ここに大きな間違いがある。文字で表記されているという見た目は似ていても、小説は論説文や新聞記事とは違う、音楽や美術と同じ仲間の、没入し体験されるべき芸術なのだ。・・・

たしかに音楽や美術では「自分が何を感じたか」ということが何より大事なことです。一方、小説などの文学は「言葉」を使った表現であることから、どうしてもその「意味」にこだわってしまいます。しかし文学も文体やリズムなども含めた芸術表現だというのですね。詩や短歌ならまさにそうですね。「汚れっちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる」という一句の魅力は「意味」では説明できません。「汚れてしまった悲しみの上に、今日も小雪が降りかかって来る」では、原文の繊細な心が伝わってこないのです。意味だけでなく、言葉の選択、文体、リズムといったものが総合されてひとつの芸術表現になっているのです。そして時評の筆者は散文である小説でもそうだというのですね。
私はこの短い時評から<表現>ということについてあらためて考えさせられましたが、そのうえで「逆もあるのではないか」とも考えました。
時評の見出しは「(小説を)音楽や美術のように読む」というのですが、「逆」というのは、音楽や美術が(一般的な)小説の読み方のような聴き方、見方になっていないか、ということです。『音楽の授業でモーツァルトの交響曲を聴いて、「作曲者の意図を述べなさい」という課題が出されることはない』でしょうか?授業ではともかく、世にあふれている音楽評論の大部分はむしろそうしたものになっているとは言えないでしょうか。単に好きか嫌いかと言った次元のものは別としても、もっともらしく書かれたものも、音楽(演奏、歌唱)そのものを論じるのではなく、歌詞の意味やそこから類推するストーリー、歌手の人生、作詞・作曲家の情報、当時の音楽の流行事情、社会状況との関連といったことで<うた>を論じたように思っているものも多いと思います。さらには販売・広報戦略、芸能界の裏情報などまったくの周辺事情を事情通のように得意げに書いているものも多いのです。(と言っても私はそうたくさんの評論を読んでいるわけではないので主観的かもしれませんが)
前々回紹介した「名盤ドキュメント」にもそういうところがありました。この番組は音楽(歌)そのものもよく論じていたと思いますが、この歌を聴いた人はどう感じたのか、ということについては充分には触れられていなかったように思います。
天地真理さんの<うた>については当時はもちろん、ようやく彼女の<うた>の素晴らしさが再認識されてきた今でもそんな傾向がより顕著なように感じます。
そこで、私自身がどうしたら彼女の<うた>そのものを論じることができるだろうかと試みたのがホームページ「空いっぱいの幸せ」の中の「若葉のささやき(アルバム別各曲寸評)」でした。もちろん私の力量では拙い分析しかできませんでしたが、より力量のある方々がそれを土台にしてさらにすぐれたものを生み出してほしいという思いで公開しています。ひところはそういう私の願いが実現しそうな気配もあったのですが、最近では低調です。このブログだけでなく、他のブログや掲示板などでのさまざまな意見交換も少なくなってしまいました。それが私の主観的な思い込みであればいいと思いますが。

最後に「名盤ドキュメント」のなかで紹介された真理さんのセカンドアルバムから「好きだから」をお聴きください。併せて上記ホームページでの私の寸評も載せておきます。
(動画はma4ever100さんの作品です。なお埋め込みができませんがkei sukeさんの作品もあります。)



はじけるようなよろこびがあふれる曲。出だしの「はじめての」「好きだから」というところはもぎたての果物のような鮮烈さで、たちまち聴く者の心を幸福感で満たしてしまう。はっきりしたアクセントがリズムを弾ませて(たとえば「ほんとに好きだから」)曲が高揚し、いったん区切りをつけた後「赤い花束」につづくフレーズになると深く強い声になってオペラチックと言ってもいいくらいスケールの大きな展開となる。その後の彼女の歌ではこういう発声は次第に影をひそめてしまい、洗練された、あるいは抑制された発声になっていく。それはそれでとても魅力的なのだが、私はこういう伸び伸びとした発声もとても好きである。この曲も他の"アイドル"が歌えばもっとかわいい、ちょっと媚びた歌になるのだろうと思うが、彼女が歌うとほんとうに生命力に満ちたスケールの大きな歌になる。彼女にはそういうスケールの大きな歌を歌える力が十分あったし、そういう面をもっと展開していたら一般の人のもつ「天地真理」のイメージもずいぶん違ったものになったのではないか、と少し悔しい気もするのだ。ともかく、この曲はそういう可能性を感じさせながらも、自然な若さの奔流が心をうきうきとさせてくれる。


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もういちど流行歌

<追記あります> (9月11日)

すでにさくら貝掲示板に投稿してありますが、朝日新聞土曜版beの「もういちど流行歌」で特集テーマに天地真理さん「ひとりじゃないの」が取り上げられます。
今回は「1972年6月」ということですから、「ひとりじゃないの」が、先行して大ヒットしていた「瀬戸の花嫁」をあっという間に抜き去ってトップに立ち6週連続1位を続けていた頃ですね。真理さんの人気が不動のものになった曲ですから特集で取り上げられるのは当然ですね。
「もういちど歌謡曲」では特集と併せて、当時のオリコン・ベスト20の曲への投票もあります。せっかく特集で取り上げられるのですからこちらでもぜひ当時と同じ「1位」を取りたいものです。この投票は、投票できるのが朝日新聞デジタル会員のみで期間も極めて短いので限られた範囲での投票になります。全国的人気投票ではありません。とは言え、何といっても全国紙です。そういうメジャーなメディアで天地真理さんの実績にふさわしい取り上げられ方をされるのは本当に久々です。
これは待ちに待った機会です。この記事を見たすべての人はぜひ投票、投稿をしてください。投票だけでもいいですが、「ひとりじゃないの」についての思いを書き込む質問もありますから、できれば書き込んでください。熱心な書き込みが多ければ担当記者に与えるインパクトも違ってくると思います。また知っている方にも呼びかけましょう。投票で1位になれば、真理さんは今も多くの人に愛されているということが、ネットを見ない人たちを含め一般の人たちにも伝わるでしょう。それを機会にもう一度真理さんの歌を聴いてみよう、動画を見てみようという人も増えると思います。

朝日新聞を購読していなくても、 http://enq.digital.asahi.com/? で無料会員登録すれば誰でも投票ができます。

投票、投稿は同じページからも入れますが http://enq.digital.asahi.com/beranking/enquete/VIEW_MTUwNDI0NDU1Mi41OTkz.html で「回答する」をクリックしてください。

締め切りは9月11日です。時間がありません。すぐに投票、そして呼びかけをお願いします。

<追記>
ラジオ日本「タブレット純 音楽の黄金時代」で2週続けて真理さんの曲がかかりました。
9月2日「山川啓介特集」で「私が雪だった日」、9月9日「1974年9月のうた」で「想い出のセレナーデ」です。
実は私が使っていたネットラジオ録音ソフトが少し前から機能しなくなり、パソコンの前にいなければ聴くことができない状態です。そのため、「私が雪だった日」は聴けませんでした。リクエストがあったのかも不明です。「想い出のセレナーデ」はかろうじて間に合って途中から聴けました。こちらはリクエストもありました。ただ録音できなかったので、音で紹介することはできません。
いずれにしても、この番組は真理さんの曲をよく取り上げてくれます。皆さんもリクエストして見て下さい。
ところで、皆さんの中で良いネットラジオ録音ソフトをご存知の方がおられましたら、教えていただけませんか。別のソフトをインストールしてみたのですがうまくいきません。受信できるラジオ局もコミュニティーFMはカバーしていません。情報をお願いします。



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