夢あふれていた時代(2)

今回の雑誌「昭和40年男」の特集はこの種の記事としては一定の水準があり良識あるものでした。ファンの間でも喜びの声が上がっています。たしかにゴシップではない記事がマスコミに載るのは久しぶりですからその気持ちはよくわかります。ただ私にはこの程度の記事で喜んでいいのだろうかという想いもあります。どういうことか、具体的に述べてみたいと思います。

まず一つは、この雑誌自体が「昭和40年男」という名の通り当時を知る人たちを対象にしているため、この特集も天地真理さんを知っている人には興味深く読めると思うのですが、深く知らない、あるいはまったく知らない人たちにあらためて天地真理さんを知ってもらうということはあまり期待できないと思います。
たしかに「国民的アイドル」という言葉も出てきますが、どうしてそう言えるのか、その説明が不十分です。たとえば「3曲連続オリコン1位」という説明もありますが、今ならAKB48は新曲を出すたび1位になっていますから「それがどうした?」と思ってしまう人もいるでしょう。ユネスコ村に3万人集めたということも真理さん自身の話の中に出てきますが、今では球場に5万人も集めることも普通にありますからインパクトはそれほどないでしょう。種々のグッズが生まれたことも、今では(さすがに自転車は今でもないと思いますが)当たり前になっています。そういう時代の違いを踏まえて当時の真理さんの人気を実感できるように説明しなければ納得されないと思います。たとえば「3曲連続オリコン1位」というのは当時では前人未到の記録であったということを具体的に明確に言わねばなりません。
それから(これが本当は一番大事なことですが)天地真理さんの<うた>の素晴らしさがほとんど説明されていません。曲作りについてはいろいろ書かれていますが、真理さんがそれをどう歌ったかということはほとんどないのです。この特集は昭和46年(1971年)という時代を探るものですから、音楽論、芸術論に踏み込まなくても仕方ないとも言えるのですが、<天地真理>をきちんと評価しようとするなら当然触れなくてはならないはずです。特に真理さんを知らない人たちに<歌手・天地真理>を伝えるにはこのことが不可欠です。実は、今回の特集を含めてこれまで真理さんについて書かれた記事で真理さんの<うた>(<曲>ではない)について書かれたものはほとんどないのです。
もう一つ、記事の内容が「作る」側から書かれているだけで、「受け止めた側」からの視点がないということがあります。私は「手柄話」と言いましたが、売り込む側からの証言で書かれていて、それを受け止めたファンの側からの証言はありません。ファン(大衆)が<天地真理>をどう受け止めたのか?どこに魅力を感じたのか?そういう分析が皆無です。知恵を絞り周到な準備をして売り出した商品が全く売れず、逆にさして期待しなかった商品が爆発的に売れるというようなことがあります。売り手が考えたことが売れる理由と同じではないのです。それを探らなくてはどうしてあれだけの人気をえたのか説明できないはずです。つまり、ファンに聞こうという謙虚さがないのです。しかしこれもこの特集だけでなく真理さんについて書かれたほとんどの記事に共通することです。むしろこの特集はあまり傲慢さを感じない良質のものと言えますが、自分たち(業界)の中だけしか取材していないのです。今ではネット上にはたくさんのファンサイトがあります。あるいはファンサイトでなくても真理さんを公平に評価している記事がたくさんあります。それらを読んで研究してみようという気さえあればもっとずっと立体的で深みのある内容になったはずです。

以上今回の特集の不十分な点として指摘しましたが、それはこの特集が一定の水準に達したものであるからこそ、こうした点を踏まえてそれを超える内容をぜひ掲載してほしいというマスコミ関係者への要望なのです。天地真理さんをマスコミが取り上げるのは、悪意あるゴシップを別としても、ただ“青春の思い出”として懐かしむものであったり、「アイドル」という類型化した側面だけに注目したものであったり、「作る」側の手柄話であったりということがほとんどでした。デビューから半世紀近くを経て、そろそろ<天地真理>の全貌に触れる記事を期待したいものです。


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夢あふれていた時代

ちょっと更新が遅れてしまいました。私は更新間隔を最大2週間と自分では決めているのですが、だんだんネタ切れになってきて最近はなかなかいいテーマが思いつかず結構苦労しています。今回も困っていたところ、ファンクラブ公式サイトで雑誌での天地真理特集のお知らせがありました。また天地真理さん自身からもFBでその特集に触れておられました。そこで渡りに船と、その発売を待っていて、少し遅くなってしまいました。
なお、入手したばかりですので、最初は簡単な紹介だけとして、その後、付け足して行きたいと思います。

さて、その雑誌ですがクレタパブリッシング発行の「昭和40年男」という雑誌です。私はこういう雑誌があることも知りませんでしたが、その名の通り昭和40年(1965年)生まれ(あるいはその前後の世代)の男性を主な対象とした雑誌のようです。
7月11日発行の8月号はまず特集「俺たちの角川映画」が半分弱の60ページほどを占めています。次に「連載特集」ということで昭和40年生まれが6歳だった昭和46年にスポットを当てた30ページほどの特集があります。そしてその中に「天地真理 『水色の恋』でデビュー」という記事があるのです。

昭和40年男vol38

内容はそのタイトル「日本中が夢中になった みんなの真理ちゃん」に集約されていると思います。冒頭に「『水色の恋』が発売された71年以前、日本にアイドル歌手は存在しなかった。天地はアイドルの先駆けであり、世代や性別の壁を超えて大衆的人気をさらった数少ない、最大の成功例と言える」とあるように天地真理の存在を時代の中にきちんと位置付け評価していて(本来はそれが当たり前で特筆することではないのですが)良質の記事と言えると思います。

【7/13 追記】
記事は主として中島二千六さんの話をベースにしています。中島さんは当時渡辺音楽出版の立場で、CBSソニー(当時)の中曽根皓二ディレクター、渡辺プロの菊池哲栄マネージャーとともにデビューから全盛期に至る真理さんを支えた人です。そういう意味ではこの記事も今までの様々な記事と同様、プロデュースした側からの手柄話とも言えます。ただこの記事にはそれらと微妙に違うスタンスがあると感じます。

プレミアムボックスの解説の中に次のような中島さんの言葉が紹介されています。
「一番輝いて見える、そして、みんなが夢見るような女の子を作り上げた、そう思っています」
私はこれを読んだときにとても違和感を覚えました。なぜなら、<天地真理>というスターは粘土細工のように「作り上げる」ことができるものではないからです。真理さんは当時もマスコミによって「作られたアイドル」などと言われました。つまり真理さんの人気は渡辺プロの戦略によって生み出されたものだ、というのです。しかしそれなら同じ戦略をとれば誰でも真理さんのような人気が得られたはずです。実際、真理さん以降、同じような戦略で売り出そうとした人はいくらでもいました。しかし誰一人、真理さんの達したところに届いた人はいなかったのです。<天地真理>の人気は(当たり前のことなのですが)真理さん自身の魅力があってこそのことだったのです。しかしマスコミの側はいつも「どう作ったか」という話ばかりでした。少し前の渡辺晋を扱ったテレビ番組もそうでした。(なお、「作る」ということに関しては以前の記事で触れました。最後の「アーカイブ(過去記事)へ」をクリックして目次より「6 涙よりほほえみを」①②をご覧ください。)

【7/16 追記】
しかし今回の記事では少し違っています。こんな表現があります。「アイドル歌謡とは歌い手が“演じる”もの――中島はそう定義している。自然のままにアーティストが演じられれば、理想的と言える。そのために周囲のスタッフは懸命に努力を重ねる。いわば“作り込み”の作業だ。」
「作り上げる」ではなく「作り込み」と言っているのです。それが中島さんの言葉か、この筆者の言葉かは判然としませんが、おそらく中島さんの言葉を受けての表現だと思います。この記事の中では「アーティスト」という言葉も頻繁に使われています。主体はあくまで歌手=アーティストであり、スタッフはその魅力を最大限高めるために作り込む、という関係がそこに見えてきます。いちいち引用は控えますが本文を読めば、NNKトリオ(中曽根・中島・菊池/*私の勝手な命名です)が果たしていたのはそういう役割であったと読めます。中島さんは「天地にはフォークの世界しかない」と考えていたし中曽根さんも同様だったでしょう。しかし容姿や声質を含めてもっと大きな可能性を見て「アイドル」という方向性が選択されたのです。
私は上記の記事「涙よりほほえみを②」の最後に<かつての真理さんが現代に現れたなら、「アイドル」ではなく「アーティスト」と呼ばれたでしょう>と書きましたが、中島さんたちはアーティスト天地真理を世間に知らしめるために「アイドル」として育てようと考えたということでしょう。

【7/19 追記】
真理さんのファンの中には、アイドルではなくフォークシンガーという道を進んでいたらもっと息長く活躍できたのではないかと考える人たちが少なからずいます。真理さんのうたを高く評価する人ほどそういう傾向があるのではないでしょうか。
私自身も、その後の真理さんの人生を考えると、そう思わないでもありません。しかし真理さんが純粋にフォークシンガーだったらおそらく私は真理さんのうたに出会っていなかったろうと思います。真理さんのファーストアルバムに収録されている曲はフォークとしてはヒットして大衆的によく知られていた曲だと思いますが、私はほとんどの曲をこのアルバムで、つまり真理さんのうたで初めて聴いたのです。つまり”本家”は聴いたことがなかったのです。当時クラシックしか聴いていなかった私の場合は少し極端だとしても、普通に“歌謡曲”をきいていた人たちでもフォークとは縁遠いという人は結構多かったのではないでしょうか。私が真理さんのうたに出会ったのはおそらくどこかの街角です。当時は街の中ではあちこちで流行歌が流れていて、「水色の恋」が私の耳にも届いたのです。ですから一定の“流行”がなければ私は真理さんの歌に出会わなかったに違いありません。その意味ではNNKトリオの選択は間違っていなかったのです。
人気だけではありません。もしフォークという枠にこだわっていたら、「ひとりじゃないの」も生まれなかったし、私がたびたびシングルNo1として挙げている「恋と海とTシャツと」「空いっぱいの幸せ」の名唱も聴けなかったのです。真理さんの可能性を大きく広げようとしてNNKトリオが「アイドル」を選択し、それを真理さんが自分の資質で受け止めて、類型でない、天地真理しか歌えない<うた>を歌ったと私は理解しています。
ただその選択が真理さんの人生にとって幸せだったのかということについては私は何とも言えません。ただこの特集の最後の真理さん自身の言葉がひとつの回答になっているように思います。

【7/19 さらに追記】
少し私自身の想いにずれてしまいましたが、ともかくこの特集は「アイドル天地真理」の誕生を、ただ「可愛かった」と言った粗雑な分析(?)ではなく、彼女の持つ資質と才能を前提として、それがスタッフの“作り込み”によって開花していく過程を丁寧に追っていて、その意味で一定の水準のものであり、分量的にもよくつくってくれたと思います。もちろん覗き見週刊誌の低劣な記事とは比較になりません。
ただそういう評価を前提としたうえで、よりすぐれた内容を期待する意味で、もう少し考えてみたいことがありますので、それはページを改めて続けたいと思います。



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