秘蔵ライブ(3) 初めての「水色の恋」

前回はデビュー前の「水色の恋」原曲「小さな私」をご紹介しましたが、今回はデビュー後の「水色の恋」ライブです。
デビュー後の「水色の恋」というと「時間ですよ」で窓辺に腰掛け、ギターを弾きながら歌った「水色の恋」があります。
「時間ですよ」はDVD化されているので、”非公式”の範疇には入らないかもしれませんが、ご覧ください。




「時間ですよ」での歌手デビューということで服装もメイクも髪型もいつもとちがって”盛装”と言う感じですが、何と言っても、うたが実にすばらしい。ギターを弾きながらの完全なフォークスタイルで、デビュー前の「小さな私」がぐっと洗練されて甦っています。

これに対し当時の歌番組の録画・録音はなかなか現れませんでした。当時はビデオは放送局にしかありませんでしたし、録音機器もオープンリールテープレコーダーしかありませんでした。これは高価なテープデッキはもちろん、安価なテープレコーダーも操作が結構面倒でしたし、テープ自体も結構高かったので一般の人にはあまり普及していなかったのです。カセットテープが本格的に普及し始めたのがちょうどこの頃だと思いますが、ラジカセはまだ本格的には普及していなかったと思います。そういうわけで、この時期の録音は稀少なのです。
ところが、昨年7月、tokinokaoriさんが歌番組(FM東京の「アタックSQ4チャンネル」)にデビュー間もない真理さんが出演した時の録音を公開してくれました。今でもこの時期のライブ音源はUPされていませんから非常に貴重な音源です。




いかがでしょうか?本当に初々しい話しぶり、そしてうたですね。最初の自己紹介も非常に落ち着いて、ものおじしない堂々とした話し方の一方、歌手としてデビューできたうれしさがほんとうに素直に伝わってきますし、「白雪姫」のキャッチフレーズを紹介する時の照れ笑いからはまだ”芸能人”になりきっていない客観的な目が感じられます。客席の反応も、初めて聴く無名の歌手と言う感じですね。
うたの方も非常に落ち着いた歌いぶりです。バックは北村英治カルテットらしいのですが、派手なバンドと違って落ち着いて軽い演奏で私はとても気に入りました。ただ歌手にとってはバンドが静かなだけに、自分のうたが裸になってしまうようで、ごまかしがきかない環境だと思います。しかし真理さんは全く臆するところなく自分の思う通りに歌っていますね。
最初はちょっと硬い感じもありますが、「なみだだけが」で高揚するあたりからのどもほぐれた感じで、「ひとしずく ひとしずく」は想いと声が一致して聴く者の心をつかんでいきます。2番に入ると真理さんらしい多彩な表情が見えてきて、「ひとりだけ歩いてったあの人は」の抑えた歌い方、 「白雪姫みたいな」の「姫」の部分の魅力的な歌い回し、「なぜかしら」の憧れ、「さよならはお別れの」「あーなたの」の心の震えなど、充実したうたが展開しています。
その後のうたに比べるとまだまだ素朴で荒削りのところもありますが、あちこちに才能の片鱗が見えるうたといえます



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秘蔵ライブ(2) 「OtherWise」と「小さな私」

秘蔵ライブシリーズ第2回
Youtubeでは真理さんのデビュー前の貴重な録音を聴くことができます。

まず一つは「OtherWise」。
真理さんは国立音楽大学付属高校卒業後、ヤマハのヴォーカルスクールに通い、ジャズシンガー マーサ三宅さんの指導を受けていました。またヴォーカルスクール生でグループを組んでの活動もあったようです。そんな縁のためか、その年(1970年)の’70作曲コンクール(翌年からは「ヤマハポピュラーソングコンテスト」)に「斉藤マリ」名で"譜面歌手"として出場しました。"譜面歌手"とはどういうものか、私も正確には知りませんが、応募者から特に歌手の指定がない場合に歌う歌手のことではないかと推測しています。
ともかく、その時歌ったのが「OtherWise」です。作詞・作曲者はJune Chunさん。歌詞についてはこちらをご覧ください。コメントもご覧になると3人の方が意見を交換しながら翻訳に取り組まれた様子がわかります。今読んでも素晴らしい過程でした。June Chunさんについてもそのコメントの中にヒントがありますのでご覧ください。

この曲の動画は現在Youtubeでは見られなくなっているのが残念ですが、高校を卒業したばかりの無名のアマチュア歌手とは思えない堂々とした歌いぶりです。弘田三枝子、赤い鳥、尾崎紀世彦、本田路津子、ジェリー藤尾といったそうそうたるプロ歌手に混じって臆することなく歌っています。(何とか動画を見られるようにしようと試みたのですが、やはりだめなようです)
声はすでに「天地真理」の声ですが、歌い方はジャズ風ではないでしょうか。私はジャズについては知識がないので漠然とした印象で言っているのですが、やはりマーサ三宅さんの影響があるのではないでしょうか。ファーストアルバムに「尊敬する歌手」としてナンシー・ウィルソンを挙げているのもそのためのようです。その後の真理さんは公開の場ではジャズはあまり歌わなかったのでこういうスタイルのうたは、その意味でも貴重です。

次は「小さな私」です。これも’70作曲コンクール応募作で「OTHERWISE」と同じステージで歌われました。歌ったのは藤田とし子さんですが、作詞は田上えりさん、作曲は田上みどりさんです。つまりこの曲が後に天地真理さんのデビュー曲となる「水色の恋」の原曲なのです。
真理さんがこの曲に出会ったのは、ヤマハヴォーカルスクールのレッスン室だったようです。そこにコンクール応募曲の楽譜が置いてあり、その中の「小さな私」に心ひかれて、自分で歌うようになったのです。そして、ソニーのオーディションでもこの曲を歌い、他に候補曲もあったが結局これがデビュー曲になったのです。
そう言う経過から、私はこの「小さな私」と「水色の恋」が題名だけ変えた同じ曲だと思っていました。ところが2010年5月に健太さんと言う方から「さいとうまり」さんがTBSの「ヤング720」で「小さな私」と言う曲を歌っているテープがあるというコメントをいただき、その一部をいただいてYoutubeにUPしました。(詳しい経過はこちらをご覧ください)
その後多くの人にご覧いただいて、現在、再生数は10万回を超え、真理さんの非公式音源としては最多となっています。それは一つには真理さんのルーツに関心があるからと言えるでしょう。そしてもう一つは、やはりここでの真理さんの初々しい歌声の魅力でしょう。
ここでの真理さんの歌い方はまったくフォーク調で、ほぼ同じ時期のはずなのに「OtherWise」とはかなり違う歌い方です。
「OtherWise」がコンクールへの応募曲に合わせた歌い方だとすれば、「小さな私」は真理さんが"自分の歌"にして歌っていると言えるのかもしれません。



お聴きになってわかるように「水色の恋」とは少し違います。この違いが曲そのものの違いなのか、歌い方の違いなのか、もう少し後(「あなたの姿、あなたの声が」)まで聴かないと判断できませんが、今聴けるのはここまでです。
最近のインタビューで真理さんは、この時は「(田上えりさん・みどりさんの曲を)たぶん変えていない」と言っていますが、曲そのものがどう変わったかはともかくとして、実際に聴く限りかなり自由に歌っているように思えます。
デビュー後のような表情の細やかさはないものの、心のおもむくままのびのびと歌っているのが何よりの魅力です。

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アーティスト

先日、今年のアカデミー賞5部門受賞作「アーティスト」を見に行ってきました。
白黒のサイレント映画の新作ということで話題になっていますが、単なる話題性と言うことでなく、「これが映画だ」と言いたいくらいの傑作でした。詳しくは公式サイトを見ていただきたいと思いますが、チャップリンの感動を現代によみがえらせた、と言ったらよいでしょうか。

私がまず感じたのは、セリフのない心地よさです。
サイレントは字幕が出ますがすべての言葉が字幕になるのではありません。肝心のところだけが字幕で読むことができます。その他のところは映像から想像で補います。もう一つ、音楽と言うのも重要な要素です。つまりサイレントと言うのは、セリフ抜きの映像としての演技と、音楽、そして時折入る字幕という3つの要素が総合されて見るものに何かを訴えるのですね。
セリフが聞こえると言葉で説明されるので演技をあまり見ていなくてもある程度理解できてしまいます。したがって、演じる側はさしたる演技でなくても、今何をやっている(思っている)ということは言葉で説明できますし、見る側は演技そのものではなく言葉で説明される範囲で演技を理解してしまいます。つまり意味が限定され説明的になってしまいます。
「セリフのない心地よさ」といったのは言葉以外の演技とか音楽といった要素も含めて言葉に縛られない自由な想像ができるからです。白黒なのもカラーですべて見えてしまうより想像の幅が広がります。
普通の映画だとセリフを聴きのがさないようにとか、字幕のある場合は見落とさないようにとか、そちらに神経を使ってしまい演技や音楽を含めた総合として見ていないのではないかと思うのです。
その点この映画はそれらの要素を混然とした総合として楽しめたという気がするのです。この映画の主人公の名優があくまでサイレントにこだわったのも、そしてこの監督があえて現代にサイレント映画を撮ろうとしたのもわかるように思います。

実は<うた>にも同じことが言えるのではないでしょうか。
歌にも「○○だから○○」と言うような説明的な歌詞の歌と、あまり説明的でない詩的な歌詞の歌があります。前者は言いたいことは言葉の意味によって説明され、音楽はBGMのようにその気分をかもしだす手段となっているとも言えます。いわば音楽つき朗読といった性格です。
一方、後者は言葉だけではなく音楽や歌唱が総合して一つの印象(意味)を聴く者に与えます。たとえば『ひとりじゃないの』の歌詞で「あなたが微笑みを少し分けてくれて  私が一粒の涙をかえしたら」というのも、なぜ「あなた」は微笑みを少し分けてくれたのか、なぜ「私」は一粒の涙をかえしたのか、何の説明もありません。そこに音楽と歌唱が加わることで「意味」が生まれるのです。たとえばセカンドアルバム版では前へ前へと進むように歌われることで、よろこびに満ちた出会いという印象になりますが、シングル版では繊細にしっとりと歌われることで、孤独な魂を癒しあうような出会いという印象になります。言葉だけでは断片的で独立した意味をもたないからこそ、音楽、歌唱と一体となって<うた>独自の意味が生まれるのです。
実は真理さんの歌は後者のような歌が多いし、そうでなくても言葉をかなり感覚的に受け止めて歌っていると思うのですが、そのことについてはまた別の機会に触れることにしたいと思います。
ともかく私は後者のような場合にこそ、想像力が言葉による解釈(理屈)から解放されて、<うた>それ自体が独自の価値をもつことができると思っているのです。

音楽と映画の違いはありますが、「アーティスト」もそういう意味で、私にとって想像力が解放されて、自由な心で楽しめたという気がするのです。

実はもうひとつ、ストーリーに関わることで感想があるのですが、どうもうまくまとまりません。中途半端で申しわけありませんが、よかったらこの映画を見て考えてみてください。

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