スケルツォ第4番

mariminafannさんに興味深いサイトを教えていただきました。「我が国が生んだ最高のミューズ(音楽と詩の女神)天地真理さんについての短いエッセー」というサイトで「byスケルツォ第4番」とありますからハンドルネーム「スケルツォ第4番」と言う方が書いておられるのだと思います。「スケルツォ第4番」というのはショパンの作品名ですから日頃クラシック音楽に親しんでおられる方でしょう。
このサイトのURLは次のとおりです。まずご覧になってください。(新しい記事が上になっています)
http://utsukushima1954.web.fc2.com/
今までに10回分の記事がありますが、内容は次のようになっています。
  第1回 20世紀最高の映像
  第2回 プロフェッサー天地真理
  第3回 ルチア・ポップと天地真理さん
  第4回 チャングムのような天地真理さん
  第5回 私の好きな歌(1)「旅人は風の国へ」
  第6回 グスタフ・マーラーと天地真理さん
  第7回 樋口一葉と天地真理さん
  第8回 私の好きな歌(2)ミモザの花の咲く頃
  第9回 ユリアンナ・アヴデーエワさんと天地真理さん
  第10回 昭和のジャンヌ・ダルク 天地真理さん(未完?)

各回のタイトルを見ただけでこのサイトの性格がわかりますね。「スケルツォ第4番」さんはクラシックの聴き方で真理さんの<うた>に正面から向かい合って論じておられます。その点では私と目指す方向が同じように思います。そう思って見るとこのサイトのデザインも私のホームページ「空いっぱいの幸せ」とよく似てそっけないですね。私の場合はあえて真理さんのビジュアルな面を一切用いず言葉だけで「天地真理」を論じようと思ったからなのですが、この方もそうなのか、偶然そうなっただけなのかはわかりませんが、私はそこに何か”志”のようなものを感じます。
内容も非常に興味深いものです。特に第2回の「プロフェッサー天地真理」にこの方の天地真理観がよく出ていると思います。
「プロフェッサー」と言っているのは、「その美しい歌唱法を伝えるためにも声楽の教育者として、音楽の研究者として活躍して欲しかった」から、そして「天地真理さんは歌謡曲とフォークに代表されるポピュラー音楽とクラシック声楽の境界に独自の美しい歌の世界を築いた」のであって、「私はこの[天地真理の歌の世界]の確立と理論化と伝承を天地真理さんご自身にやって欲しかった」からと書かれています。詳しくはやはり本文を読んでほしいと思いますが、天地真理さんの歌唱法、表現法の特質、その感性の独自性などについてのとらえ方に私は深く共感します。
私もまだすべての記事を詳しく読んではないのですが、私も好きなルチア・ポップを引き合いに出しながら真理さんのクラシックへの挑戦を想像したり、チャングムの人生を真理さんの人生に重ねたり、「そう、そう」とうなずきながら読みました。「旅人は風の国へ」や「ミモザの花の咲くころ」は私も大好きな曲ですし、マーラーや樋口一葉は私の想像外でしたが、ジャンヌ・ダルクについては私も以前から「天地真理はジャンヌ・ダルクである」というテーマをあたためていて、どう結び付けるのか非常に興味深く期待しています。
かなり読みがいがあるので、また少しずつ紹介したいと思いますが、今回はこういう充実したサイトがあるということをお知らせしておきたいと思います。
なお、もし「スケルツォ第4番」さんがこの記事をお読みでしたら、ご連絡いただければうれしいです。


※ 天地真理動画プロジェクト(仮称)の「歌手 天地真理を知っていますか」「空前のアイドルへの道」「フォーク歌手 天地真理」への意見、感想も引き続きお願いします。

     アーカイブ(過去記事)へ 
     ホームページ「空いっぱいの幸せ」へ

コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。

わが青春のアイドル歌手

真保さん、真理さん、おめでとうございます

ファンクラブ会報およびツィッタ―で真理さんの娘さん真保さんのご結婚が報告さrています。会報での真理さんの文にも喜びがあふれていますね。本当におめでとうございます。
さらに、10月ごろには赤ちゃんも誕生とか。真理さんにはお孫さんですね。正確な予定日はわかりませんが、10月1日とか、11月5日とか、真理さんにゆかりの日になったら楽しいですね。でもいつであろうと、元気な赤ちゃんが生まれるようお祈りしています。

さて、今年はいろいろ忙しいことが重なり、ばたばたしているうちに自分で更新期限としている14日を過ぎていました。あわててテーマを考えたのですが、たまたま郵送されてきた冊子におもしろい記事があったので、今回はこれでお茶を濁すことにしました。

冊子というのはJR東日本発行の『大人の休日倶楽部』2018年7月号です。「大人の休日倶楽部」というのは、入会すればJR東日本・JR北海道の切符が3割引き(女60歳、男65歳以上の<ジパング>の場合)で買えるなど各種の特典が受けられるサービスで、私も利用しています。おかげで、新幹線もかなり安くなるので、年金生活者にはありがたいものです。
そして冊子はその広報誌です。毎月送られてくるのですが、ざっと目を通すぐらいであまり読まないのが普通です。この7月号もぺらぺらとまくって、裏表紙を閉じようとしたら、最後のページに「わが青春のアイドル歌手」という見出しが見えました。よく見てみるとこのページは「思い出トップ10」というタイトルで、会員サイトで毎号ちがったテーマでアンケートを行っているようです。私は気が付きませんでしたが、5月号に「わが青春のアイドル歌手」という7月号のテーマが載っていたようです。
さてそれでは「わが青春のアイドル歌手」のトップ10はどうだったでしょうか?次の通りです。
  1位 山口百恵
  2位 舟木一夫
  3位 キャンディーズ
  4位 松田聖子
  5位 天地真理
  6位 沢田研二
  7位 南沙織
  8位 吉永小百合
  9位 西郷輝彦
 10位 野口五郎

舟木さんの2位はちょっと意外な感じがしましたが、コメントを見ていて納得しました。それぞれのアイドルに1つずつコメントが載っていてコメントした人の年齢も書いてありますが、1973年に何歳と言う形で直してみると次のようになります。
  ① 山口百恵  現在 62歳   1973年 17歳
  ② 舟木一夫     70歳           25歳
  ③ キャンディーズ  58歳          13歳
  ④ 松田聖子     53歳           8歳
  ⑤ 天地真理     65歳          20歳
  ⑥ 沢田研二     66歳          21歳
  ⑧ 吉永小百合    74歳          29歳
  ⑩ 野口五郎     54歳           9歳 

これを見ると「わが青春のアイドル歌手」と言う通り、それぞれ自分の年代のアイドルをあげているということに気付きます。(野口五郎さんは?ですが) もちろん投票した人が全員このコメントをした人と同じ年代とは限りませんがたぶんそういう傾向はあると思います。
1973年というのは天地真理さんの人気が絶頂に達し、しかし後半には下降傾向が表れる分水嶺のような年です。その年、コメントの人は20歳。働いていたのか学生だったかわかりませんが、この人にとっても少年から大人(社会人)への分水嶺の年と言ってよかったのではないでしょうか。この2つの分水嶺は重なりあっていたのではないでしょうか。
一方、山口百恵さんやキャンディーズのファンは中高生で一番アイドルに夢中になる年代で、まだ数年間は分水嶺に達しません。松田聖子さんのファンはまだ小学校に入ったばかりでアイドルに夢中になるにはまだ5年以上はあるでしょう。    
つまりこのトップ10はそれぞれの年代にとってのアイドルの代表と言えるのでしょう。
このアンケートは投票数とか得票数とか発表されていませんのでこの順位にどれだけの開きがあるのか、他にどんな人がいるのかということはわかりませんからこれ以上分析することはできません。ただもう一つ気付いたことがあります。
このなかで一番(実質的な)活動期間が短かったのは真理さんだということです。吉永さんは今もばりばりに仕事をされていますし、聖子さんもそれに近いですね。他の人も、引退した百恵さん、キャンディーズ、沙織さん以外は何らかの形で活動されています。そういう人の場合はファンも映画やコンサートで接する機会があるということで、つながりは継続されます。また引退した人はいわば冷凍保存されたように若いイメージのままで伝説、神話化され記憶されていきました。
それに対して真理さんは、人々に記憶される歌手(アイドル)活動はほぼ5年ほどしかありませんでした。その後は病気休養で姿を消したり、以前とは全く違うイメージで現れたり、アイドルとしての記憶をむしろ壊してしまうようなことが続きました。普通に考えれば、これだけ負の要因があれば、45年もたってアイドルとして多くの人からの投票を得ることはないと思います。しかしちゃんと5位に入っているのです。私とすれば1位であってほしいと思います。でも、ずっと活動が継続できた人たちや伝説化した人たちと並んで堂々と5位に入る、そこに真理さんが人々の中に残したもののかけがえのなさが見えるように思うのです。      



※ 天地真理動画プロジェクト(仮称)の「歌手 天地真理を知っていますか」「空前のアイドルへの道」「フォーク歌手 天地真理」への意見、感想も引き続きお願いします。

     アーカイブ(過去記事)へ 
     ホームページ「空いっぱいの幸せ」へ

コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。


「刑事君」

前回の記事で、ホームページ「空いっぱいの幸せ」から「ひとりじゃないの」について、「私自身、この歌をはじめて聴いたときの胸躍る爽快感はいまでも忘れられない」という引用をしました。この「この歌を初めて聴いたとき」というのは実はテレビドラマの「刑事君」だったのです。そこで次の記事はそれを話題にしようと決めていたのですが、クミさんのブログを見るとこの「刑事君」がCSの東映チャンネルで6月から毎週火曜日(17:00~18:00)放送されるそうで、その第35話が真理さんがゲスト出演した回、つまり私が「ひとりじゃないの」を初めて聴いた回のようです。
ちょうどタイミングがあってしまって不思議ですが、困ったこともあります。それは私が使おうと思っていた動画を記事の中で紹介すると、いわゆるネタバレになってしまうということです。そこでどうしたらよいか迷ったのですが、放送はかなり先になりそうなので予定通り話題として取り上げることにしました。動画はなるべくネタバレにならない範囲に収めました。

私の記憶では、当時このドラマ(35話)が放送されたときは、まだ「ひとりじゃないの」は発売前で、テレビやラジオの歌番組では登場していなかった頃でした。ただ雑誌などで、天地真理さんの次の新曲は「ひとりじゃないの」という曲だということは知っていました。もう真理さんはトップアイドルに躍り出ていましたから、天地真理の新曲はどんな曲だろうかと(ちょっと大げさに言うと)日本中が注目していました。それがドラマの挿入歌として聴けるとは思っていませんでしたから、はっきり記憶に残っているのです。

あらすじはネタバレにならないよう、ここでは述べませんが、「ちいさな恋」と「ひとりじゃないの」が使われた場面をご覧になって想像してください。

最初は「ちいさな恋」が使われたドラマの冒頭場面です。


ほんとうに初々しい真理さんが見られましたね。
次は「ひとりじゃないの」が使われた場面です。


曲の明るさに対して画面はちぐはぐな感じを受けたかもしれません。どうしてかはCSの放送を見て下さい。
しかしともかく、私はこの場面で初めて「ひとりじゃないの」を聴きました。そして、これは今まで日本の歌では聴いたことのないうただ、と思いました。何か新しいことが始まっていく、そんな予感をもったことが昨日のことのように思い出されます。


※ 天地真理動画プロジェクト(仮称)の「歌手 天地真理を知っていますか」「空前のアイドルへの道」「フォーク歌手 天地真理」への意見、感想も引き続きお願いします。

     アーカイブ(過去記事)へ 
     ホームページ「空いっぱいの幸せ」へ

コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。


森田公一さんとの出会い

前回、森田公一さんについて機会をあらためて、と書きましたので少し詳しく触れたいと思います。とはいえ、私は森田公一さんについて特に詳しいわけではありません。あくまで真理さんとの関係を中心としたものになります。

前回私は、真理さんと森田さんの関係について「森田公一との出会いが歌手天地真理の魅力を全面的に開花させたと思っています。一方、森田さんにとっても『ひとりじゃないの』の成功が作曲家としての評価を確立したと言ってもいいと思いますから、どちらにとってもこの出会いはかけがえのないものだった」と書きました。
このブログの本編ホームページ「空いっぱいの幸せ」で私は「ひとりじゃないの」へ至る過程について次のように書きました。

 『水色の恋』『ちいさな恋』でためらいがちにふくらんできた小さなつぼみが、一気に花開かせた歌。この歌で彼女の最も魅力的な面が全面的に現れ「天地真理の世界」が確立した。人々に「天地真理」を強烈に印象づけその後の彼女のイメージを定着させたと言っていい。私自身、この歌をはじめて聴いたときの胸躍る爽快感はいまでも忘れられない。心の中のもやもやが消えて、身体が軽くなり、心が大空の中に舞い上がっていくような気分であった。

「水色の恋」は真理さんがみずから探し出したアマチュア作品で、フォーク的な色合いが強い曲でした。それはライブ盤「天地真理オン・ステージ」冒頭のギター弾き歌いで実感できると思います。2曲目の「ちいさな恋」はヒットメーカー浜口庫之助作曲で、ややポップス的な色合いが強まっていますが、曲調自体が詞の意味にそって控えめなものでした。それに対し初めての森田公一作品である「ひとりじゃないの」は吹っ切れた開放性と明るさ、楽しさをもっていました。それは彼女の声の明るさを効果的に生かし、それまでなかった躍動的な歌い方を彼女から引き出しました。それは森田公一編曲によるセカンドアルバム版や歌詞違い版ではっきりと見ることができます。逆に真理さんのソフトな声質とデリケートな表情の与え方は、シングル版ではっきりわかるように、この曲をただ明るいだけではないニュアンス豊かな曲にしたのです。
前回紹介した録音でタブレット純さんが、森田公一さんが「彼女たちのいいところをピッカピカに磨いてまぶしく見えるように」と語っていると紹介していましたが、森田さんは真理さんの最良の部分を引き出したのです。
真理さんはこれ以後、「ふたりの日曜日」(平尾昌晃作曲)を挟んでシングル10曲が森田さんの作曲でオリコン1位4曲、3位1曲、4位2曲、8位1曲という前代未聞の快進撃を続けることになりました。それは<アイドル天地真理>の人気が支えたともいえますが、森田さんの曲がそれをまさに「ピッカピッカに」輝かせたからと言えます。
真理さんは森田さんの曲ではリラックスしてのびのびと歌っているように思えます。森田さんの曲は、アイドルソングと対照的な曲(タブレット純さんの表現では「ほろ苦い男の背中」を感じさせるような曲)でも芝居がかったところがなく直截で、暗く沈みこまず人の暖かさを持っているように思うのですが、それがアイドルソングでは明るく平明でありながら薄っぺらではなく、生き生きとしてやさしさのある曲調につながっているのではないでしょうか。それは真理さんの資質とぴったり重なるもので、真理さんは森田さんの曲で一番無理なく自然に歌え、その魅力を最大限発揮できたのだと思います。後年の筒美京平作品はいずれも名唱と言っていいのですが、森田作品でのような伸びやかさがないように思えます。どこか「作ろう」としているように感じるのです。やはり森田作品でこそ真理さんは思いのままに歌えたと私は思っています。

森田さんは作曲だけでなく、トップギャランを率いて真理さんのステージ活動でも親密な関係がありました。ライブ盤「天地真理オン・ステージ」の第2部で「森田公一とそのグループ」と紹介されているのもトップギャラン(プラスα?)でしょう。また1975、76年頃、地方公演などでもステージを共にすることが多かったようです。
そのトップギャランが広く世に知られるようになったのは言うまでもなく「青春時代」の大ヒットですが、76年8月発売のこの曲がついにオリコン1位に上り詰めたのは1977年1月17日でした。それは奇しくも真理さんが3年にわたる“休養”に入るきっかけとなる緊急入院と同じ週でした。
そして、苦しい闘病を経て、真理さんが再び公衆の前に現れたのも1979年5月1日の「森田公一とトップギャラン結成10周年記念コンサート」でした。森田さんの招待によるもので、これをきっかけに復帰への動きが本格化することになりました。森光子さん、森田公一さんを発起人とする「天地真理を励ます会」が6月7日、多くの取材陣を前に開かれ、同月10日からはTBSラジオ『ラジオリクエスト大賞・森田公一の青春ベストテン』にレギュラー出演。そして10月15日には芝・ABCホールで復帰コンサート「天地真理 明日への出発」が開かれ完全復帰したのですが、森田公一さんはこのコンサートもオリジナル曲を提供するなど全面的に支えてくれたのです。このコンサートの模様は以前紹介しましたが、とりわけこの時森田さんが歌った「また会えてよかったよ」は森田さんの暖かい人柄が表れて感動的なものでした。この曲は「天地真理デビュー45周年記念パーティー」でもいもとこうじさんが歌ってくれましたのでその時聴いたという方もおられるでしょう。


天地真理さんと森田公一さんとの出会いの意義について書いてみました。少しまとまりのないものになってしまいましたが、2人の出会いは本当に幸運だったということはお分かりいただけたでしょうか。


※ 天地真理動画プロジェクト(仮称)の「歌手 天地真理を知っていますか」「空前のアイドルへの道」「フォーク歌手 天地真理」への意見、感想も引き続きお願いします。

     アーカイブ(過去記事)へ 
     ホームページ「空いっぱいの幸せ」へ

コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。

君よ知るや南の国

先月末から1週間ほどイタリアに行ってきました。べネチア、フィレンツェ、ローマを訪れましたが、3都市はやはり忙しいですね。これまでは1都市または2都市でしたから迷いながら路地をうろつくという余裕もあったのですが、今回はそういうことができなくて少し物足りませんでした。それでも、昨年も書いたように「本物を見なければわからない」ということを実感でき、行った甲斐はあったようです。
イタリアと言えばドイツなどの北の国の人々にとって太陽輝く憧れの南の国でした。ゲーテも「君よ知るや南の国」とうたいました。

ところが私が訪れた時はちょうど曇っていて、ローマでは雷雨にまで会いました。その意味でもちょっとついていませんでした。

最初の街ベネチアは街自体が「行かなければわからない」ものでした。街自体が海に浮かぶ島で、入口までは車が入れますが、中は1台も走っていません。交通は歩き以外は水上交通で特に水上バス「バポレット」が便利。ゴンドラは今は観光用のようですが、狭い水路では一番。いずれも楽しく気持ちのいい乗り物です。人は多いけれど空気はきれいで居心地のいい街並みでした。
P3270015縮小

フィレンツェではウフィッツィー美術館がさすがによかったですね。ボッチチェリーの「春」は写真で見ていたより背景がやや暗めでしっとりとした感じがしました。特に素晴らしかったのはラファエロです。「聖母像」なんてみんな同じじゃないかと思ってしまいますが、実物を見ると全く類型的でなく、気高いやさしさが心を打つ作品でした。ティチアーノの「ウルビーノのヴィーナス」も、マーク・トゥエインは下品、下劣と言ったそうですが、そういう評判にとらわれず実物を素直に見れば、古典の節度をもった深みのある美であり、「挑発的」と評される目つきも私にはしっかりと自我を持った女性の目に見えました。
ウルビーノのヴィーナス顔

何事も世間にあふれる評判にとらわれていては本当の価値はわかりません。(唐突に話題が飛びますが)天地真理さんにもそういうことがいえますね。最近、そうした本物を見抜く目(耳)を持った方を知ることができました。芹田陽子さんと言う方で「魅惑の天地真理、美しきアイドルたち」というホームページを昨年10月に開かれています。こちらです。
お読みいただくとわかるように芹田さんはテレビを見ないご家庭だったということでリアルタイムでは真理さんの歌はお聴きになっていなかったようです。しかしそれだからこそ余計な先入観をまったくもたなかったこと、また幅広いジャンルの音楽に親しんでこられて確かな耳をお持ちであったこと、それらによって真理さんのうたの本来の価値を見抜かれたのだと思います。「心を両手で暖めてくれる感じ」とか「美しい歌が天地さんに歌われたくて運命的に出会った」とか素晴らしい表現がいくつもあって、皆さんきっとうなづきながら読まれるのではないかと思います。

(話が戻りますが)最後はローマでしたが、ちょうど復活祭に重なってしまい、世界中から人が集まってきていて市内はどこも大混雑でした。特にバチカン美術館は満員電車のような人混みで疲労困憊し、ようやくたどり着いたミケランジェロの「最後の審判」もゆっくり見ようという気力がなくなってしまいました。
ただローマも郊外はそれほどのことはなくカラカラ浴場やアッピア街道はのどかで古代に思いをはせることができました。
P3300117縮小

アッピア街道の脇に黄色い可愛い花が咲いていて、「あれ、ミモザじゃないか?」と思ったのですが、この日はガイドさん付のツアーだったので自分だけゆっくり見ることができず、写真も取れませんでした。でもイタリアでは3月8日が「ミモザの日」だそうですからたぶんそうだと思います。
ちょっと疲れた旅でしたが、この曲を聴くと疲れも癒されます。




※ 天地真理動画プロジェクト(仮称)の「歌手 天地真理を知っていますか」「空前のアイドルへの道」「フォーク歌手 天地真理」への意見、感想も引き続きお願いします。


     アーカイブ(過去記事)へ 
     ホームページ「空いっぱいの幸せ」へ

コメントは掲載までに多少時間がかかることがあります。しばらくお待ちください。



プロフィール

ひこうき雲

Author:ひこうき雲
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード