空前のアイドルへの道

追加あります

真理さんの誕生日に合わせて新企画として天地真理さんの魅力をアピールする動画シリーズの構想を紹介しました。そしてテスト版として第1回「歌手・天地真理を知っていますか」をこのブログ限定で公開し、皆さんのご意見を募りました。すると、多くの方からご意見をいただくことができました。いずれも率直なご意見で、天地真理さんのためにこの動画が少しでも良いものになるようにと言う皆さんの思いが感じられるものでした。私にとっては、やはり自分だけではわからない第3者の客観的な見方を知ることができて大変参考になりました。そこでテスト版をどう改良していけばよいかといろいろ考えたのですが、正直なところ難航しています。それはこの第1回の「導入」という性格をどう考えるかということにもなるので、どのような人を対象に考えるか、その対象にはどういうアプローチが有効か等、私自身まだ考えがまとまりません。しかしそれを待っていたのでは永遠にそこで止まってしまうかもしれませんので、とりあえず少しずつ前に進めるということで次のテスト版をつくることにしました。
しかしこれがまた難しくて、順当に進めるとすると、前回紹介した試案の2番目ということになりますが、内容や順番がそれでいいのか、また悩んでしまいました。そこで、一番作りやすいところからというわけで、「空前のアイドルへの道」というテーマでつくってみました。
これは<アイドル>に絞った内容ですから実績をあげればいいのでとてもわかりやすいのです。それでもどういう構成にするか、どういうデータを紹介するか、データに現れない“人気”をどう形にするかなど難問が結構ありました。それでもこのテーマは、作りながら、真理さんの輝きを満喫できるのでとても楽しい作業でした。ひとりで楽しんでいたら、うっかり、入れるはずのデータを忘れてしまったり、ここをこうしたらよかったというところも後から気が付きましたが、テスト版だからいいや、ということで、とりあえず紹介します。真理さんは1位曲が5曲もあるのでそれを聴いてもらおうと思ったら予定より長く20分ほどの長さになってしまいました。また、ナレーションの音も編集中は問題なかったのに動画にしてみたら少し割れて聴こえたり、いろいろ不備はあると思いますが、ご覧いただいて、感想や意見をぜひお寄せ下さい。



<追加>
2月17日朝日新聞土曜版beの「もういちど流行歌」は1972年2月の歌でした。メインで取り上げられた歌は奥村チヨさんの「終着駅」でしたが、アンケートによる「読者のベスト15」に真理さんの曲が2曲入りました。この時期は「水色の恋」と「ちいさな恋」の入れ替わり時期で、アンケートの候補である当時のベスト20には両方とも入っていて、そこから複数選ぶという方式でしたので、こういう結果になったのでしょう。両方合わせると3位に入るので、一つに絞れればなどと考えてしまいますが、特にファンではない一般の人たちも入っているでしょうから、なかなか思い通りにはなりません。むしろそういう一般の人たちが真理さんの歌に投票してくれたことでこういう結果になったのだと思いますので、喜びたいですね。
朝日beもういちど流行歌197202



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昭和の歌姫

追追加あります

1月13日の朝日新聞土曜版beに、おなじみの「もういちど流行歌」とは別に「昭和の歌姫 ひばり? 百恵?」という記事がありました。「昭和の歌姫」と呼びのにふさわしいのは美空ひばりか山口百恵かという読者アンケートです。結果は72%が美空ひばり、28%が山口百恵というグラフを見て視線を下に動かしていくと「天地真理」という字が見えました。「あれ」とよく見てみると「「歌姫と呼びたい女性歌手は?」という質問の回答でした。つまりこのアンケートでは「昭和の歌姫と呼びのにふさわしいのは美空ひばりか山口百恵か」という二者択一の質問とは別に「あなたが歌姫と呼びたい女性歌手は誰ですか」という自由選択の質問があったようなのです。そして後者の回答に天地真理さんが入っていたのです。
(大きくして読むには、画像をクリックし、出てきた画像の上で右クリックし「新しいタブで開く」をクリックしてください)
グラフ
昭和の歌姫beアンケート本文

最初の質問は、ひばり、百恵のどちらかを選ぶ(どうしてこの2人に絞ったかは書いてありませんが)という形ですから、二人とも違うと思う人は無理やり選ぶ(または回答しない)ということになります。そこで二人以外の歌手も選べるようにということで後の質問が設けられたのかもしれません。ただ後の質問は、自分が「歌姫」と思う人を、「昭和」に限定せずに何人でも選択していいということで、最初の質問とは少し意味合いが違います。
そしてその中で天地真理さんは15位でした。この順位はどうなのか少し考えてみましょう。
そもそも「歌姫」とはどういう意味でしょう。私の記憶ではこの言葉がマスコミなどでさかんに使われるようになったのは比較的新しいと思います。「歌姫」を国語辞書で引いてみると単に「女性歌手、女流声楽家」などと出てくるだけです。とすれば女性歌手は誰でも歌姫なわけで、選ぶということ自体意味がないことになります。実際そうした使い方もたしかにありますし、それが以前の使い方でした。しかしこのアンケートや近年マスコミで使われる「歌姫」には何らかのカリスマ的な要素を持った女性歌手といった意味合いが付け加わっているように思います。Wikipediaで「歌姫」を引くと「女性の歌手や声楽家、ディーヴァ、芸妓」となっていて、「ディーヴァ」という言葉が出てきます。さらに「ディーヴァ」をWikipediaで引くと<ラテン語で「神々しい・神がかり 的」を意味するdivaに由来する語で「 神々しい人(女性)」「女神」を意味する。転じてオペラで卓越した歌唱をする女性歌手の 賛辞として広まった。日本語では「 歌姫」と訳されることが多い>と書いてあり、代表例としてマリア・カラスの画像が出ています。マリア・カラスはイタリアオペラにおいて20世紀後半最高のソプラノ歌手であり、舞台での姿や演技も圧倒的な<華>があり、まさにカリスマ的な存在でした。そういう歌手を「ディーヴァ」と呼んだのですね。そして、おそらくこの「ディーヴァ」に当たる日本語として「歌姫」が使われるようになったのではないかと推測されます。
そこで「歌姫」の条件を整理すると、「卓越した歌唱」と他の人にない<華>があげられるのではないでしょうか。その観点で天地真理さんを考えると、この2つの条件は十分満たしていました。にもかかわらず、あまり上位にならなかったのは真理さんの<うた>を(当時の先入観で)「卓越した歌唱」と思っていない人がまだまだ多いということではないでしょうか。もちろん、このアンケートは「beモニター」にアンケートしたと書いてありますから特定の範囲の人たちの傾向であって、一般的な傾向とは必ずしも言えません。しかし、一般的な傾向を調べても似たような傾向が出るのではないでしょうか。その意味では私たちの努力がまだまだ必要だと思います。美しく、やさしく、あたたかく、心をよろこびで満たし幸せにしてくれる天地真理さんの<うた>の素晴らしさをもっともっと多くの人に知らせるにはどうしたらよいでしょうか。

<追加>
コメントにありますようにMMM2さんに教えていただいたテレビ朝日「中居正広のミになる図書館」で放送された世代別歌姫ランキングを紹介しておきます。
番組の様子は http://www.dailymotion.com/video/x58sfjf
詳しい内容は http://shabonyu.com/mininaru_library20170116/
世代別歌姫ランキング20170116中居正広ミになる図書館1万人


<追追加>
NHKFM 2月15日 13:00~ 「歌謡スクランブル」
 「アイドル作品集」  天地真理に始まり山口百恵で終ります。

TBSテレビ 2月12日 19;00~ 
「歌のゴールデンヒット -青春のアイドル50年間-」 
 4時間スペシャルということで天地真理さんに当然触れるはずですがどの程度かはわかりません。


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女性の陽の歌声の象徴

1月6日(土)ラジオ日本「タブレット純 音楽の黄金時代」の「元気の出る歌」特集で天地真理さんの「ひとりじゃないの」がかかりました。さっそくお聴きください。


この曲はこの日の放送では2曲目にかかったのですが、1曲目はクレージーキャッツの「黙って俺についてこい」でした。この曲は「そのうち何とかなるだろう」という本当に楽天的でまさに「元気の出る歌」ですが、「ひとりじゃないの」は同じ意味で「元気の出る歌」というわけではありません。アルバム版や歌詞違い版(”旅”バージョン)ならそういう面もあると思いますが、シングル版はかなり違います。むしろしっとりとした歌い方ですね。しかしタブレット純さんが「女性の陽の歌声の象徴」と紹介したように、真理さんの声の明るさ、あたたかさ、やさしさが沁み込むように萎れたり固くなっていた心を温めて生き生きとさせてくれる、その意味でたしかに「元気の出る歌」と言っていいでしょう。
またタブレット純さんはこの曲を「女性アイドルの概念を確立した曲」と言っています。アイドルの原型を作ったのは天地真理さんだと言われますが、真理さんが本当に独自の<天地真理の世界>を確立したのはこの「ひとりじゃないの」でしたから、たしかにそう言っていいでしょうね。
この曲もリクエストではなかったけれど、タブレット純さんはいい選曲をしてくれますね。ラジオを通して聴くと聴き慣れたこの曲も、あらためて新鮮に聴こえてきました。

もうひとつ、この放送で“発見”したことがありました。最後から2曲目に朝倉理恵さんの「さようなら 今日は」という曲がかかったのです。真理さんの「さよなら こんにちわ」と同名ですね。こういう曲です。お聴きください。


テレビドラマの主題歌ということですから、ご存知の方は多いのでしょうが、私はテレビをあまり見ない方でしたから驚いてしまいました。なかなか良い曲ですが、真理さんの「さよなら こんにちわ」とはだいぶ感じが違いますね。題名も「さようなら」と「さよなら」、「今日は」と「こんにちわ」というように微妙に違っています。でも作詞は両方とも安井かずみさん(真理さんの方は山口洋子さんと共作)なのに、どうして同名になったのでしょう?謎ですね。




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聴き比べ 夏を忘れた海

<追加情報あります>

   あけまして おめでとうございます
昨年は当ブログをご覧いただきありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

「あれ?」と思った方もおられるかもしれませんが、いろいろ忙しく年末最後の更新が手間取ってしまったので新年の更新としました。ちょっと手抜きですが合併号のようなものです。
今回は聴き比べシリーズです。取り上げた曲は「夏を忘れた海」です。もちろん他の歌手との比較ではなく、天地真理さん自身のバージョン比較です。
「夏を忘れた海」のオリジナルは4枚目のアルバム「明日へのメロディー」に収録されたものですが、真理さん自身が非常に愛着をもっていて、コンサートでもしばしばプログラムに加えていました。また1979年、3年に及ぶ闘病から復帰して最初に録音されたプロモート用シングルでも採用されました。そのためこの曲には多くの録音が残されており、公式録音だけでもスタジオ録音が2種、ライブが2種あり、さらに非公式のものが今聴けるもので4種あります。今回これをすべて集めて計8種の「夏を忘れた海」を聴き比べました。それが更新が遅れたひとつの理由なのですが、それぞれに独特の個性があります。お聴きください。

では初めに1972年12月21日発売のアルバム「明日へのメロディー」に収録されたオリジナルバージョンから。安井かずみ作詞、森田公一作曲、編曲も森田公一です。

感傷的な曲ですが、大げさなところはなく、むしろ丁寧でストレートな歌い方です。しかし表情は実に豊かで声に力があり、若い生命力さえ感じさせます。まさに「知り始めた青春」のみずみずしさがありますね。

以下は時系列にしたがって紹介します。
まず、1974年4月3日 大阪フェスティバルホールでのコンサートから。

基本的には同じ歌い方ですが、1年半ほど経って相当歌い込んだ“円熟”と言ってもいい歌唱です。ライブということもあって、ある個所はよりダイナミックに、ある個所は壊れそうなほど繊細に歌っていますが、全体は調和を崩さず完成度の高いうたです。

次はテレビ番組からの録音です。1974年9月10日 NET「スタジオ23」より。

5か月後ですが、かなり違った印象を受けます。まず、声がかなり変わった印象です。以前のソフトなほんわりした声からシャープな声になったように思えます。録音条件の違いもあるかもしれませんが、それだけではないのではないでしょうか。表現も激しさ、あるいは熱さというものを感じさせて、「感傷」というより、もっと切実な思いが迫ってくるようです。

次は5日後、1974年9月15日 九段会館でのライブアルバム「天地真理オンステージ」から

ギター担当の石川鷹彦による編曲でギター1本とトライアングルというシンプルな構成です。それだけに張り詰めた緊張感の中でひとつひとつの音に繊細な表情があり、天地真理さんの<うた>の素晴らしさがくっきりと聴きとれます。ここでは感傷でも激情でもなく、きわめて詩的な表現になっていて、心にすっぽり空いた空洞のような寂寥感が広がってきます。私は、天地真理さん最高の歌唱の一つと思っています。

次は1975年4月19日 中野サンプラザホールでの「天地真理リサイタル」から

お聴きの通り歌詞が全く違います。どういうシチュエーションでこの歌が歌われたのかわかりませんが、何かストーリー的な展開の中で歌われたのかもしれません。歌詞がべたべたした感じでそのため歌自体もムード歌謡のような雰囲気になっています。しかしそれでも、天地真理さんが歌うときちんとした輪郭があり品格を保っています。

1976年4月17日 郵便貯金会館ホールでのライブアルバム「私は天地真理」から

これはおそらく真理さん自身のピアノによる弾き歌いで、ピアノの見事さも堪能できますが、その分、歌だけに集中することができなかったのではないでしょうか。「オンステージ」版に比べると繊細さに欠けやや大雑把な表現になっているように思います。しかしそのかわり声の伸びが素晴らしく、声の力を信頼して思い切り良く歌っています。「オンステージ」版が繊細な水彩画のような世界とすれば、こちらは陰影のある油絵のような世界と言っていいかもしれません。

さて次は、1979年、3年にわたる闘病からの復帰に向けて制作されたプロモート用シングルから

編曲が戸塚修に変わり、まるで別の曲のような感じがしますね。編曲だけでなく、真理さんの声も歌い方も以前とはだいぶ変わっています。声はやや細めになり生々しさが消えて洗練された感じがします。歌い方も、以前にはなかった”タメ”のような歌い崩しがところどころ見られるようになっています。表現としてもやや歌謡曲的な感じがあり、「知り始めた青春」ではなく「知ってしまった青春」のような印象があります。

最後は、1979年10月15日 ABCホールでの復帰コンサートから

やはり戸塚修編曲で基本的にプロモート版と同じ歌い方ですが、ライブであり、プログラムの進行にしたがって3年間の様々なことが去来したのでしょう、歌い進みうちに痛切な思いが高まりあふれてきます。

いかがだったでしょうか。たった数日しか違わないものもありますが、8種それぞれがすばらしいですね。更新作業を通じて、天地真理さんの表現の多彩さをあらためて知ることもできました。

<追加情報>
朝日新聞土曜版beの「もういちど流行歌」、今回は1972年2月です。テーマとなる曲は「終着駅」ですが、それとは関係なしに投票、コメントができます。天地真理さんはベスト20に「ちいさな恋」「水色の恋」2曲が入っています。会員登録してある方はこのページから入ってください。会員登録してない方は同じページから無料会員登録ができます。締め切りは1月8日、掲載は2月中旬です。


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「あの年この歌 1971年」 (3)

「あの歌この年 1971年」の3回目です。前回私は「意欲はあったが全体としてはきまりきったイメージで安易につくられていた」と書きました、その一つの例として小柳さんの話をあげたのですが、もう少しあげたいと思います。
この番組がステレオタイプだというのは番組の副題でも言えます。「ティーンアイドル花盛り」というのですが、「ティーンアイドル」に該当するのは実は南さんだけです。真理さんはデビュー1か月後には20歳になってしまいましたし(当初、渡辺プロは1歳若く公表していましたが)、小柳さんは19歳でしたがあまり「ティーンアイドル」という印象ではありませんでした。「ティーンアイドル」にぴったりなのは「17歳」の南さんや麻丘さん、アグネス・チャンさん、そして「中3トリオ」などでしょう。真理さん、小柳さんは年齢的には大学生に当たるとすると、南さんらは高校生、そして「中3トリオ」は中学生といった間隔です。なのに新3人娘を「ティーンアイドル」にしてしまったのは、その後のアイドルの急速な低年齢化による「ティーンアイドル花盛り」に引きずられたのでしょう。つまり後からできたアイドルのイメージ(アイドル=10代という先入観)を検証もなく元祖に当てはめてしまったのです。
次に、3人についてそれぞれ、南沙織さんには<元祖ティーンアイドル>、 小柳ルミ子さんには<ディスカバージャパンの地方ブーム>、真理さんには<テレビから生まれた白雪姫>という「キーワード」で紹介していますが、これも的外れですね。南さん、小柳さんの場合もそうですがここでは真理さんに限るとにして、<テレビから生まれた白雪姫>って何のことでしょう?映像を見ていくと「テレビから生まれた」ということの根拠としては「『時間ですよ』の知名度をベースに人気者となった」「さらなる人気を得ることになったのは子供向けの人気番組『真理ちゃんシリーズ』」あたりがそれに当たるのかと思いますが、当時大学生で世の中の平均的な感覚をそれなりに知っていた(と思う)私の記憶では「時間ですよ」の知名度と言っても“知る人ぞ知る”程度だったのではないでしょうか。また「真理ちゃんシリーズ」はすでに圧倒的な人気が広がっていたから企画されたもので、それによって人気が加速されたとは(子どもたちには多少はあったでしょうが)言えないのではないでしょうか。いずれも「テレビから生まれた」ということを立証する根拠にはなっていないと思います。ただ<テレビから生まれたアイドル>ということは真理さんについて当時からよく言われてきたことで、おそらく当時をリアルには知らない番組制作者がそうした言葉の断片をつなぎ合わせて考えたのではないでしょうか。しかし当時真理さんが<テレビから生まれたアイドル>といわれたのは視覚的要素が人気の要因だと思われていたからです。真理さんの人気をカラーテレビの普及と結びつけたりするのも同じ理由ですね。今でこそ真理さんの<うた>の素晴らしさが(以前よりは)広く知られるようになってきましたが、当時は 
“ファン”でさえ真理さんの魅力を<うた>ではなく視覚的要素で感じていた人が多かったのではないでしょうか。私は初めから<うた>こそ真理さんの魅力と思っていましたが、当然ながら視覚的にも素晴らしい魅力を持った人だと思っていました。そして真理さんの空前の人気がそうした視覚的要素に支えられていたことも事実でしょう。その意味では<テレビから生まれたアイドル>という分析は(<うた>を無視している点で)不十分ではあるが間違ってはいないのです。しかし、もし番組制作者がそうした意識をもって<テレビから生まれた>というキーワードを考えたのであれば、視覚的にどのような魅力があったのかを紹介すべきでしょう。それも「可愛い」などという無規定に近いような言葉ではなく、もっと具体的に紹介すべきです。真理さんの視覚的魅力は単なる顔の造形ではなかったと思います。つまりただ美人だということではなく、その表情の豊かさにあったと思うのです。その象徴が<笑顔>でした。真理さんの笑顔は他の人にはない魅力を持っていました。それは、あたたかく、やさしく、すべての人を幸せにするような笑顔でした。ある意味で生々しさのない普遍性を持った笑顔で、だからこそあれほど多くの人を魅了したのだと私は思っています。しかしこの番組では、彼女の視覚的要素の何が人気に結びついたか掘り下げようとしていませんでした。
真理さんの魅力そのものについて語っていたのは富沢一誠氏だけです。しかしそれは「茶の間の真理ちゃんと言う感じ」とか「3人の中で一番普通」という評論家としてはあまりにお粗末な内容でした。「茶の間の真理ちゃん」というのはすぐ身近にいそうな親近感と言う意味なのでしょうが、富沢氏は南さんについても「学校に行ったら自分の友達にたくさんいそうな」と言っていて親近感と言う意味なら同じだと思うのですが2人の違いはどこにあるのでしょうか。また「普通」という言葉は人によっていろいろの意味になるでしょうし、どういう意味でそう言うのか、どうしてそう言えるのか、さっぱりわかりません。短い時間ではそこまで言えないということならもっと的確な言葉を選ぶべきです。富沢氏は「(天地真理が)人気的にはやっぱり(新三人娘の中で)一番あったのかなあという、僕の印象はそういう感じですよね」とも語っているのですが、真理さんの人気が一番であったのは「僕の印象」ではなく客観的事実です。このように「事実」さえきちんと押さえず「印象」ですりかえてしまうというのは富沢氏だけでなく番組そのものの性格です。
繰り返し言いますが、この番組はむしろ良質のものだと思います。それでも内容的にはきちんと検証が行われず、掘り下げも足りず、定番の評価を繰り返すことで終っていたというのが私の印象です。テレビでも雑誌でも、そこを超える水準のものを期待したいものです。

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